原田宏樹の日記。僕の電話番号は09018265456です。何かありましたらお電話をどうぞ。

僕と僕の一族と僕の住んでいた地域が白色人種並びに東日本の遺伝形質を持った人間達から嫌がらせを受けた可能性があります。それらの事案について僕が推察を加えて報告をするブログです。読んでくれた方はよろしければ情報の拡散をお願いします。

調査を依頼する事案について

 これまで僕こと原田宏樹は、大まかに自身の人生について語ってきた。

 そして、僕の身に起こったことがとてもおかしなことだらけなのは読んで頂いた方々にはわかっていただけたと思う。

 そして、文章を読んで頂いた諸氏にはわかって頂けると思うが、これらの僕の身に起こった事象について、メリット、デメリットの側面から考えると、ある1つの可能性に行き着くはずである。

 これらの異常な事案が僕の周囲に発生してしまった原因というのは、第二次世界大戦後に日本の占領政策を担ったアメリカによる日本の隷属化を狙った工作の結果、発生していたという可能性にである。日本は長らく、そしてひょっとすると今でもアメリカの共産圏への防衛ラインの最前線であることから、共産系の思考を持つ人間を攻撃することは可能性としては十分にあり得たし、これからもあり得るのだ。

 また、これらの事象にはほぼ間違いなく日本政府や日本の巨大広報機関〝電通〟なども関わっている。どうも起こった事案を整理して見ていくと、特定の勢力、つまり東日本の人間に有利に働くような操作が散見されるのである。そして、西日本の有能な人間が操作されて東日本の地域に誘導されていた痕跡すらも見て取ることできる。

 これは推測でしかないのだが、白色人種に似た傾向を持っている遺伝子系列(顔面の堀が深い、攻撃性が強い、寒い地方で生活することに適用する特性、標高が高い地方を好む特性等々)を持った日本人を、アメリカが優遇していた可能性が高いと僕は思っている。そして、白色人種に近くない遺伝的性質を持った日本人を迫害して、数を減らしていった可能性がある。この目的というのは単純に自分たちと遺伝的形質が似通った従順な味方を増やすという側面もあるだろうし、何よりもこうすることが植民地支配の常套手段であった可能性がある。つまり、氏族間の闘争を間接的に操ることによって、その民族や国家の真っ当な発達を阻害するというやり口であったのだと僕は思っている。そう、白色人種がアフリカの部族に仕掛けていたようなやり口を戦後、アメリカは日本に仕掛け続けていた可能性があると僕は考えているのだ。

 アメリカの支配者層が白色人種であったので、日本国に対してそのような操作を仕掛けることが恐らくは白色人種による世界支配を盤石にすることになった可能性が高い。そうして、まず第一に操作の対象となる国家や地域に対して白人コンプレックスを植え付けていくことが、白色人種が有色人種から資源を搾取し繁栄する為の重要事項だったのだと僕は想像する。

 そして、東日本の人間、特に東京の支配者階層の人間はそのことに気がついていた可能性が極めて高い。よって東日本の人間はそのアメリカが行っていた操作に全面的に加担していた可能性が極めて高い。

 

 

 〝操作〟と聞いて、どこか胡散臭さを感じる賢明な読者諸氏も当然いるだろう。だが、人間を操作する、というのは実は非常に簡単なことなのだ。

 人間は例えば大きな音が起きると記憶を一時的に失ったり、思考能力が低下したりする。また、人間は聴覚情報よりも視覚情報を優先的に信じるようになっている。これは一般的には〝マガーク効果〟と呼ばれている現象である。これらの人間の特質を刺激する形で、対象となる人物や一族などにストレスを仕掛け続けることを僕は〝操作〟と定義している。

 この操作と僕が呼ぶ行為の中で、もっとも強力な種類のものがある。それは操作の対象となる人物の心的外傷を刺激する類いの操作である。例えば過去に歯科医院でとても痛い思いをした人間がいるとしよう。その人物に歯科医院に関連した単語を見せるだけで、強烈なストレスを感じてしまうのである。

 何を言っているのか分からない、という感想を抱く人もいるかもしれない。だけど、これは実は対象に心的外傷を付けに行くという行為からして簡単に出来る操作なのである。これからその例を紹介する。

 例えば道路周辺に位置する歯科医院があり、その歯科医院に操作の標的とする人物が治療のため通っていたとする。そして例えば、その標的の人物を狙った特定の勢力が、その歯科医院の周囲で意図的に道路工事を発生させるなどといったことをすれば、その歯科医院に勤める医師は道路工事から発生する騒音に対する強烈なストレスから歯科治療をしくじってしまうこともあるだろう。これは日本の戦後統治を担っていたアメリカ合衆国には実はあまりにも簡単に仕掛けることができる事例なのである。こういったことを戦後の日本においてアメリカ合衆国はやっていた可能性が極めて高い。

 つまり、アメリカの諜報機関や政府などの特定組織が、アメリカに対して反抗的な思想を持つ地域や、遺伝子的に白色人種と折り合いが付かない遺伝子配列をもった特定の地域住民を標的にして、執拗にこのような操作を行っていたのだと僕は予想している。

 さらに言えばその歯科医院にて標的となる人物の歯科治療が行われる日、医療を実行する医師の自宅に朝方、大量に詐欺じみた勧誘の電話をかける、といった操作もありえるだろう。そうして医師にストレスを与えれば、医師は患者の治療中に容易に医療ミスを行ってしまうだろうと僕は類推する。そして歯の治療中に医療ミスを食らい、強烈な痛みを受けた患者は歯科医院に対して心的外傷を持つようになるのだ。

 このようにして心的外傷を標的とする人物に付ければ、もう後は操作のし放題。ただの特定勢力の操り人形と化す。

 この例で言えば、歯科医院で医療ミスを行われ、歯に起因した激痛を体験した人物はその歯科医院の看板を道路に立てるだけで、強烈なストレスを感じて事故を誘発する要因になってしまうであろう。その歯科医院の番組をテレビで流せば、その歯科医院に対して心的外傷を持ったこの人間はその刺激からの逃避の為に思わず外出してしまうことだってあるのだ。ちなみにこれは恐らくは僕の父が受けた操作である。あくまでも推定ではあるが、父の若い頃からの反応をつぶさに見てきた僕としては確度の高い情報としか言い様がない。

 そして、なぜ僕がそのような操作が西日本の日本人に仕掛けられていることに気がついてしまったのかと言うと、僕の人生、そして僕の一族、僕の周囲の人間達に、そのような操作の有意な痕跡が大量に残ってしまっているからである。

 

 

 これらの操作に関する事案は大量にあり、また多岐に渡るため、わかりやすく時系列順にまとめて体系化しておこうと思う。そうした方が、調査する方々が情報を整理しやすいと僕は思うからだ。

 また、何故調査を依頼するという形なのかと言うと、僕の現在の環境が酷いからである。驚くかもしれないが、実を言うと、僕は産まれてから35年程度、まともに睡眠が取れていなかった可能性が極めて高い。というのも、夜寝る際には実家近くを通っている山陽本線の貨物列車がうるさく、また何故か家の前の狭い道を車がよく通る仕組みになっている。そして、家の前のバイパスからなどは夜半に暴走族がバイクをふかしたり、ひっきりなしに強烈な音が発生している。

 つまり、僕の家は強烈な騒音地帯に建ってしまっているということだ。ちなみにこの僕の今現在住んでいる江崎2805-1の住所にある家は重度の欠陥住宅である可能性が極めて高い。何故かドアの立て付けが悪く、音が筒抜けであったり、気温の上下によるガラスの伸縮現象によりあり得ないくらい強烈な音が窓ガラスから発生したりする(これらの現象は全て撮影したり、録音したりして、ウェブ上にアップロード済みである)。

 よって、僕の環境はすこぶる悪いと言わざるを得ない。そうなってくると、若干ではあるが僕の記憶力や思考力が鈍ってきて、記入する情報の精度が落ちている可能性があるのである。

 また当然の事ながら、過去の事を振り返りながら書いているので僕の記憶自体がずれていることもある。また父から聞いた話が主であるので、父の記憶が間違っている可能性ももちろんある。よって、第三者の大きな機関にこの件について客観的な調査をして頂きたいのである。

 

 

 また、このリストに関しては情報を随時追加していこうと思っている。僕が2019年初頭に実家に帰って来てから、そのような操作の痕跡が続々と見つかってきているからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

1、僕が誕生する以前の話

・広島への原子爆弾の投下について。僕の父である原田克己(旧姓は山本克己)の一族は浅野氏や山本氏、それに毛利氏や渡辺氏などの末裔にあたるという典型的な武家の一族らしのだが、父の一族の家はどうも元々は広島の原爆ドームのすぐ近くの武家屋敷に住んでいたらしい。その武家屋敷で、父の一族は勘定奉行をやっていたそうである。また、第二次世界対戦時には一族から戦死者が9人程度発生したそうで、どうも命をかけて先の大戦を戦った模様である。そして、第二次世界大戦末期、一族が暮らしていた武家屋敷頭上に原子爆弾を撃ち込まれた結果として、僕の父の一族はおそらくはほとんど滅ぼされたような状況になったのではないかと僕は推察している。そして、その結果として父の一族はいろいろな所に散り散りとなり、貧困状態に陥ったと思うのだが、その事と僕や僕の周囲に起こった一連の不幸な出来事は何か関係があるのか?広島の原子爆弾の投下地点、グラウンドゼロに限りなく近い場所に住んでいた一族に対して、アメリカ合衆国は原爆投下後暗に更なる追い打ちを仕掛けて滅亡に追い込もうとしていたのではないか。

・これは父が2019年初頭に父が供述した話である。父がまだ三歳の頃、訓練されたシェパードが家に迷い込んできて、その犬に随分助けて貰ったことがあるらしい。その犬はとても不思議な犬で異常に頭が良くその犬に父はずいぶん救われたというようなことを言っていた。その犬は父の父、つまり僕の父方の祖父が仕事から帰ってくる際に、祖父を駅の向かい側から迎えに行き電車にはねられて死んでしまったらしい。それ以来、父は犬を飼う気はしなくなったそうなのである。

 父の話を聞いた所、ずいぶんと妙な印象を受けた事案であるが、これについてはどこかのだれかが何かの嫌がらせを意図して父の元に送り込んだのであろうか。

・父と母の家の確執について。父の家と母の家は仲が悪かったのか、仲が良かったのかいまいちわからない。どうも『ポーズとして仲が悪い』ということを装っている風ですらあった。僕の父方の叔父は山本潔隆(ちなみにこの人の名前についてだが、隆というは字は本来は〝生〟の部分が一画多い漢字であったらしい。役所にまっとうに受理されなかったそうであるが)という人なのだが、この人は若い時分、働いていた工事現場の事故によって視力を半ば失っている。そしてこの叔父はマッサージ等を生業にするようになったのであるが、僕の母方の祖父である原田昭男はこの潔隆叔父さんの所にマッサージを受けにいっていたのである。父と母の一族の間には確執があったようにも見受けられるが、なぜかそれなりに仲が良かったようにも僕は感じてしまうことがあるのである。

・僕の実家の近くを走る山陽本線の列車の話。実はこれについては可能性の話でしか無いのだが、この山陽本線を走る列車は戦後まもなくの辺りはまだそこまで大きな貨物列車などが通っていなかった可能性がある。戦後、日本が経済発展をするにつれて、徐々に深夜に走る貨物列車の重量などが増していき、騒音が酷くなっていったのではないのかと僕は予想している。そして、このような形で騒音が酷くなっていったということであれば、この地域の住民は周辺環境の悪化による健康被害に極めて気づきにくかったのではないかと僕は考えている。カエルを水に浸けてその水を煮ても、カエルはその周辺環境の変化に気がつきにくいという話があるが、この貨物列車の騒音とそのカエルの話について僕は類似性を感じてしまうのである。

 また、この貨物列車の騒音については僕は2019年4月中旬辺りに市役所周りに電話をかけて事情を聞いている。そして数件のたらい回しを受けて、2019年4月26日9時2分、JR貨物山口営業所山下さんより事情を聞くことに成功した。

 この山陽本線で深夜走っている貨物列車はスピードはそこまで出ていないそうであるが、重量があるのでその分騒音が大きいというようなことをおっしゃられていた。僕そこで、常々疑問に思っていたことを聞いてみた。レールが老朽化して騒音が酷くなっているなどということはないか、と。そうすると山下さんから「そういったことはない、常にメンテナンス等はしています」という返答が帰ってきた。しかし、この山下さんの言質については明確に嘘であると僕は思ったのである。というのも、僕は昔からこの江崎2805-1にある家に住んでおり、電車のレール付近でよく遊んでいた。僕が子供の時分観た際のこのレールの映像記憶というのは全体的に茶色く錆ついており、老朽化が進んでいた。

 そして、そのことについて僕は2019年5月付近に撮影による証拠写真の入手を試みてそれに成功している。この時点で撮影した写真でも全体的に茶色くさび付いており、メンテナンス等をしている状態とは僕には到底思えなかった。

 JR貨物山口営業所としては、この嘉川を通る線路についてはレールの金属部分の部品交換をまるでしていなかった可能性すらある。これについては調査が必要であると僕は思う。

山口市における初等教育の音楽の授業の専科となった僕の母、原田和恵の話。これは母方の祖母である原田千枝子から聞いた話だが、昔おもちゃのピアノ(どのような話だったのか記憶が曖昧である。とにかく小さなピアノ)を幼少時に母が弾いていて、とても上手かったので〝この子はこれで生計を立てられるようになるのではないか〟だ、と思い立ち、母にピアノをやらせることにしたそうだ。

 しかし、僕がこの家の当時における周辺状況を顧みてみた結果、ピアノの習熟に向いた土地だとはとても思えなかった。というのも、音楽の習熟には静かな環境が不可欠だからである。この山口市江崎2805-1という母が住んでいた住所の西側には山陽本線が通り、常に騒音を出している。また南側、東側には国道二号線小郡道路が存在し、その上を走る運送トラックなどが出す騒音だって無視しようもないほどに大きなものである。このような環境で音楽で身を立てることを本気で目指して習熟していくというのは、まさに最低の選択であるともいえる。何故このようなことを祖母は母に勧めようと思ったのだろうか。

 また、母のピアノの先生である宇部市の荻野さんにピアノを教えて貰う際に、何度も祖父が頭を下げに行ったそうである。ただ、〝百姓の娘がピアノをやるのは良くない〟ということで荻野さんからは反対された、ということを祖母から聞いたことがある。そして2019年5月20日に母は言っていた。「高校時代は荻野先生に叱られてばかりだったな。それしか覚えてないくらい」と。これらの事案について、僕は首をかしげざるを得ない。

 本来の人間の学習は行った成果に対して褒めることで最大の効率を発揮すると僕は記憶しているが、これはいったいどういった教育方針なのだろうか。また、結局の所、何故母はこのような騒音地帯でピアノで生計を立てることを志すはめになったのであろうか。また、何故、荻野さんに大金を払いながら階級差別的な嫌みを言われた上に、いつも叱られながらピアノの弾き方をご指導してもらうことになってしまったのだろうか。

この辺りの事情についても結局調査が必要なのだと僕は思っている。僕の祖父母や母に恣意的に強いストレスがかかるような状態になってはいなかったか、僕は疑っている。

・僕の父によれば、この辺りの土地の教育機関は教育用のPCとしてMacintoshを最初期に導入していたそうだ。しかし、それらが何故か爆発していった、という話を聞いたのだが、これについては一体どういった事情で爆発していたのだろうか。また、アメリカ合衆国の思惑がこの事案に関して関係していなかったのだろうか。この辺りの地域に対して、Macintoshではなくwindowsマシンを使わせようとした特別な意図でもあったのではないのだろうか。爆発するPCなどを使うことは基本的には出来ないのである。また、この〝爆発〟という事案には僕は大きな問題がはらんでいるように思う。2010年代に、中国製品が爆発するという事案が頻発し、よく日本のネットニュースなどで取り上げられていたが、この件と何か関連しているのだろうか。僕にとっては情報が少なすぎて意味がわからない事案である。是非とも調査をして頂きたい所である。

・森永ヒ素粉乳中毒事件。青木という姓を持つ僕の母方の祖母の生家がある。その青木家の僕の大叔父に当たる人の妹さんが僕の母方の祖母に当たるのだが、この家は僕の住む地域の南側に存在する阿知須という地方で地主をやっているような家で物件や土地をたくさん所有していたのである。ただ、その大叔父さんの娘さんが子供の頃、粉ミルクによる授乳からヒ素中毒になり、脳性麻痺に陥って障害を負ってしまっていた。この粉ミルクの問題に対しては森永ヒ素粉乳中毒事件として新聞等で取りざたされた有名な事件のようなのであるが、このせいで大叔父さんは明確な跡継ぎとなる子を失ってしまっている。

 結局、この青木という家は河村という家から養子を取って家督を相続させたようである。また、この青木の大叔父さんが死去した際に遺産相続などで親族間で揉めた上に、親族間で唯一青木の大叔父の血を引く母にはほとんどお金が渡って来なかったそうである。この件に関してアメリカ合衆国からの何か有意な操作が存在しなかったのだろうか。僕は非常にうさんくさい話だと強く思っている。

・僕の父が子供の頃の話。父は当時通っていた中学校の校舎の二階から「飛べる」と思いたち、飛び降りてみたことがあるそうである。その結果、父は足のかかと付近を骨折してしまったという話を僕は聞いたことがある。当然、これは父の茶目っ気や、若さゆえの血の気の多さなど、父の性格的な問題であった可能性は高いのであるがどうも気になっていることがある。これも僕が生まれる前の話だと思うのだが、僕の父は僕が産まれる前辺りの時期に、あるお寺で正座しながら話を聞いていた所、脚を疲労骨折してしまったことがあるそうである。

 2019年5月29日時点で僕がこの件に関して思う事は、アメリカ合衆国などから悪意のある操作をかけられた人物はまず脚の関節を攻撃される可能性が高いのではないか、ということである。僕の身内やこの地域周辺には脚が不自由になってしまっている人が少しだけ多い気がするのだ。また、この僕が住む山口市周辺の病院では、妙に医療的な検査の手続きという形で診療中に歩かされることが多い気がする。

 これについては録音記録を取っているのだが、例えばくまがい眼科という眼科で2019年5月辺りに僕はコンタクトレンズを作成している。そして、その際に視力の検査という名目で散々に院内を歩き回させられている。また、他の医院等でも院内を歩き回させられるという事態に陥ることが多いのである。何故、この山口県の病院では診療の際に患者を執拗に歩かせるという形を取っているのであろうか。捜査が必要な事案であると僕は思う。

・僕の父は子供の頃、家庭の経済状況の理由から新聞配達をしていたそうである。父の実家である山本家はどうもあまり経済状態が良くなかったように僕には感じられるのだが、父の一族には名古屋大学の医学部の部長や関西汽船の幹部といった役職の人物がいるとも聞いているのである。何故、このような立派な役職の人間を輩出している一族の経済状況が逼迫してしまうのであろうか。

・僕の子供の頃の正月の過ごし方の話。僕がまだ子供だった頃、よく正月に母方の祖父母と両親、そして兄と一緒に餅つきをしたものである。ただ、今思えばこの餅つき行事が非常に奇妙なものであったことを僕はよく覚えている。まず餅つきに使う石臼があまりにも大きくて重く、持って運ぶことが不可能であったという点である。だから常に餅つきをする際は、開けた場所まで大変な危険を伴いながら石臼を転がしていくという作業が待っているのである。また、杵についてもかなり大きなものを使用していて大変に重かったのである。それらの道具を利用して主に父と祖父が身体にかなりの負担をかけながら正月に餅つきを行うということを毎年やっていたのである。

 また父は40歳くらいの時にこの正月の餅付きの際に「もう俺は名前を変えたいんだ」とぼやいていた。克己という名前から〝かい(父の言った漢字の方は覚えておらず)〟という名前に変えたいと言っていたがあれは一体なんだったんだろう。

 父はその辺りで、原田の家に婿入りするという形で名字を変えているが、さらに名前も変えたくなったんじゃないだろうか。つまりこの時期に、父の氏名を狙う形で父に嫌がらせ等の動きが入っていた可能性があると僕は指摘しているのである。名字と名前、どちらも変えたくなるような出来事が連続して父の身に起こったのではないかと僕は疑っている。

・これは父から聞いた話である。その昔、ちまきやという山口市の商店街に存在していた百貨店の店員から父の車が追突事故を受けたことがあるそうである。もしかすると僕が産まれる前の話かもしれないが時期については定かではない。この追突事故を受けてしまった車は父が最初に買った車であるそうだが、これについては何かアメリカなどから操作が入った結果追突事故が発生してはいなかっただろうか。両親の車にまつわる事故というのがあまりにも多すぎる為、どうしても僕は色々を穿った見方をしてしまうのである。

・母曰く、母は32歳の時に本田のシビックに乗車していたそうである。そして、冬の雪が強い日に大型トラックに追突事故をされてシビックを破損させられている。買って1年もしない車であった。事故については、雪の日にノーマルタイヤを付けていた母の車が悪いということになったらしいが、そもそも一般的に考えて追突するトラックが悪いと僕は思う。この辺りの年代は僕の幼稚園時代の話であるのだが、僕の幼稚園の送迎時を狙って、事故が起こるような操作がアメリカなどからかけられていないか。調査が必要な事案である。

・母から聞いた父の大学受験にまつわる話。父は山口高校時代、一浪して山口大学教育学部に入ったのだが現役時代は岡山大学を受験して落第している。父が岡山大学を受験した時の話を僕は僕の中学時代に聞いたと思うが「途中までの試験教科の試験結果を自身の頭の中で計算して岡山大学に合格したと思ったから最後の試験科目をあえて受験しなかった」という、意味不明な話をしていた。

 そもそも父は山口高校に通っていた時代、とても成績が優秀で山口高校でも成績上位者だったそうだがなぜ岡山大学を受験したのだろうか。山口高校で成績上位(母の話では山口高校において父は校内の試験結果で一桁の順位であったそうである)ということになると東京大学京都大学などに入る程度のことは余裕を持って出来てしまうはずである。何故、父は最終的に山口大学に進学したのだろうか。

 ・父は60歳くらいの頃、僕にこう言ったことがある。「父さんは中学生くらいの頃、本当に絵が上手かったんだよ」と僕にしみじみと語ったことがある。その昔、父が子供の時に描いた画が内閣総理大臣賞かなにか取り、教科書に父の描いた絵が載るかもしれないという話があったそうだ。そしてその後、その話自体が右往左往をしたようで結局教科書には載らなかったそうである。

 この絵に関する話はアメリカなどが標的に対して操作を行う際の典型的な事例である。まず標的となる人物に対して、標的となる人物が成功を目指して努力している行為に対して〝成功するかもしれない〟という情報を与える。そして、標的となる人物が成功するであろうギリギリの所で邪魔を入れて、標的の努力を無為にする〟という結末を用意するのである。これを繰り返していくと、標的となる人物は自身の人生に対して絶望感や虚無感を感じるようになっていき、能力が落ちたり、子を作ることなどの繁殖行為も行わなくなっていく。こういったやり方はアメリカなどが標的となる人物に対してかける操作の常套手段なのだと僕は推測している。このような操作が僕に加えられた痕跡が僕の人生にも散見されるのであるが、この辺りの事案にも捜査が必要だと僕は思っている。

・この僕が住む、日本国山口県山口市江崎2805-1の周辺地域についての話。僕の実家の西側に家を構えている伊藤さんは、敷地の関係でこの辺りの地域の興進小学校の小学生の通学路を潰してしまったそうだ。また僕の実家の北側に家を構えている小松さんは、公道の上に樹を植えて自分の敷地範囲を示してしまっている。植えている樹自体はきっちり剪定をしているものの、僕の実家の北側に隣接する小道がそれでずいぶん狭くなってしまっているようだ。

 また、僕の実家のすぐ西側に位置する徳永さんは公道を完全に取り込む形で住居を作ってしまっている。さらに言えば、僕の家の南側に位置する田中さんも自分の敷地をはみ出す形で塀を建てて、道路の範囲を削ってしまっているそうである。

 そして、東側に畑を持っている磯山さんのお家は電柱の配置などのやりとりが難しいと父が言っており、そのせいで僕の家の土地内を電線がかなり通ってしまっている。

 情報をまとめると、僕の家の全ての方向の住民は周辺の地域の人間に対してなんらかのストレスを発生させる行為をやってしまっている。また、僕の家の敷地に対して圧迫するような動きも明確に見て取ることが出来る。(2019年5月3日時点)。これはいったいどういった事情からこのようなことになっているのであろうか。調査が必要な事案である。

 

・父が昔乗っていたマツダの車についての話。これは父に聞いた話なのだが、父は昔マツダの新車を購入したことがあるらしい。そしてこの車は買ったばかりの新車の状態であるにも関わらず雨漏りが発生してしまったそうである。この事案が発生した時期は定かでは無いものの恐らく父の大学卒業前後の話なのではないか。そして、父は実を言うと大学時代左翼系の学生運動をしていた時期があるのである。その辺りの父の政治的な活動が、アメリカなどの悪意のある勢力から気に障り、嫌がらせなどの捜査がかけられたという疑いも当然ある。この事案については発生時期についても調査が必要であると僕は思う。

・これは僕の母から聞いた話。母方の祖母の一族である金子正己さんの話。金子さんは高校時代は宇部高校に在籍しており、部活動は野球部でピッチャーを務めていたらしい。そして進学の方は山口大学経済学部に進学をして、その経済学部一番の成績だったそうなのである。この金子さんについては、〝お金が無かったから山口大学に行った〟ということを母が匂わせるような発言をしていた。また、金子さんは以前は証券会社に勤めていたそうなのだが、身内の介護をする為にshain株式会社という生命保険会社に転職したという話である。

 僕は2019年5月に生命保険に入る際、この金子さんにお世話をして貰ったのだが、この人についてとても気になることがある。この金子さんという方は書面での仕事や商品の説明などとても優秀だと思ったのだけど、逆にデジタル機器を使用した際の挙動、具体的にはipadの操作時の手が震えるということになっていて、それがとても奇妙に見えるのである。

 また、この金子さんが務めているshain株式会社の機器は通信回線の調子が明確におかしいのである。時折、通信回線が酷く脆弱になり、まともに仕事が出来ないようになっていた。もしかして、この会社の通信回線は以前よりずっとこのような状態なのだろうか。これはアメリカなどから嫌がらせの操作を受けた結果、金子さんの会社の通信回線が頻繁なアタックなどを受けてしまっているのではないか。調査を必要とする事案であると僕は思う。

 

 

 

 

 

 

 

2、保育園時代

・これは母から聞いた話である。僕は記憶にないのだけれど、僕は幼少時に一度だけ父方の祖母にお菓子を餌に誘拐されたらしい。そもそも僕の実の祖母にあたる人にやられたことなので〝誘拐〟という母の言葉はいささか過剰だと感じてしまった。母はその件について何度も誘拐という言葉を繰り返していたし、父もそれに対して何も言わなかった。この誘拐という話というのは一体なんだったのだろうか。

・僕達家族が上渡りに住んでいた当初飼っていたチロという名前の白い外国犬種に関する話。父曰く、「あの犬は俺が飼いだしたんじゃない、お前か和樹が飼うと言ったから仕方なく飼ったんだ」ということらしいが、これに関しては恐らくは兄が飼おうと言い出したのである。昔のアルバムを見てみると、まだ僕が産まれていないであろう時期に、まだ4~6歳くらいの兄がこの犬と共に写真に写っている。

 本題に戻ると、このチロという犬は雌犬だったが当時は避妊手術を受けていなかったのか、いつも妊娠している状態で、毎年のように子犬をたくさん出産していた記憶が僕にはある。そして、その産まれた子犬を引き取って貰おうと父がひたすら奔走していたのもよく覚えていた。このチロという犬は最終的には夏場に子犬を出産する際に体力が持たずに衰弱死したのだと記憶している。

 ただ、僕が記憶している限りでは当時の上渡りの町中に野良犬などは見かけなかったのである。夜半に出現した可能性はもちろんあるが、毎年のように飼っている犬が妊娠などすることがあるのであろうか。この犬はアメリカなどが行った操作の一環として毎年妊娠させられていたのではないか。僕はそう疑っている。

・これは僕が嘉川保育園に入りたての頃の話。およそ3歳くらいの頃、僕は嵯峨健司という同級生と喧嘩したことがある。当時の嘉川保育園には南側に隣接する形で木造の校舎が建っていた。その校舎の入り口正面から向かって左手方向に隣接する形で地面に巨大な土管が埋まっているような形状のトンネルが存在していた。その内部で一方的に嵯峨に喧嘩を売られて、砂を突然目にかけられてしまったことがある。

 これだけの事例を見てみても何のことかわからないと思うかもしれないが、この嵯峨という同級生には中学時代にも目を攻撃されたことがある。中学時代に僕はソフトテニス部に入っていたのであるが、嵯峨も同じくソフトテニス部に入部していた。そして、僕の視力が低下し、眼鏡をかけ始めた時期に、嵯峨より死角からソフトテニスボールを打ち込まれ、ソフトボール接触によって、僕の目が打撃を受けたことがある。そしてその際、僕は保険医より「視力が低下してしまう可能性がある」との話を受けた。その旨を嵯峨に伝えた所、「俺がやったという証拠が無い。知ったことではない」と嵯峨は意味不明の供述をしていたのである。そもそも、ソフトテニス部の練習中に起きた出来事であり、当時の証人は大量にいたのである。何故、嵯峨はこんなあまりにもわかりやすすぎる嘘をついていたのであろうか。今考えてみても、何故彼がこんな嘘をついたのか意味がわからない。

・僕の幼稚園時代の同級生、藤永友美。この子は何故だかわからないが嘉川保育園で突然泣き始めてしまうことがあった。それも小便を漏らしながら泣きわめくことがあり、保育園の男子達から「とんでもない弱虫だ」などと罵られているのを見て、僕は非常にかわいそうに思ったのをよく憶えている。藤永が唐突に泣き始めていた原因というものに僕は心当たりがいくつかあるが、この嘉川保育園の周辺環境が劣悪で、とんでもない騒音が発生していた可能性がある。また、彼女については家庭環境もあまりよくなかったという話をのちに同窓会で聞いていた。また、上渡りに住んでいた川越ひろみなども、あまり家庭環境が良くなくて、よく泣いていたのを覚えている。何故、僕の周囲には不幸な家庭を持っている人間が多かったのであろうか。これは実は僕の大学時代にまで尾を引く話である。これはアメリカなどによる嫌がらせ等の操作が僕にかけられてしまった結果なのだろうか。調査が必要な事案である。

・これは嘉川保育園の帰りの整列の順番待ちの際の話。当時の僕は、すでに保育園の年長組、つまり5歳程度の年齢になっていたと思う。僕の保育園では確か帰りの会を皆で運動場に並んだ上で行うことがあったと思うのだが、その事案が発生した日は、皆がざわざわしており、中々整列がなされていなかったと記憶している。その喧噪の中で突然、僕が知りもしない保育園の年少の男の子に「宏樹って足早いんだって聞いたよ?僕と競争してみようよ」と言われ、何故かその子と皆の見ている前で駆けっこで競争するはめになった。結果として、その競争は僅差で僕が負けてしままい、それ以来どうも運動するのが嫌いになった記憶がある。あれについてはいったい何だったのだろうか。

・嘉川保育園にあった危険遊具についての話。僕が子供の頃通った嘉川保育園には不思議な遊具があった。そこまではっきりと覚えているわけではないがその妙な遊具は南側の木造校舎の西側の脇辺りに存在していた。それは大きな一本の丸太の両端を、上から紐で吊り下げているだけの遊具であり、その丸太の両端の先にはまた大きな丸太が地面に打ち立てられているのである。その紐で吊り下げられている丸太の両側に保育園児複数人が乗って、紐を持った状態で乗っている皆で腰を振ることで吊り下げられている丸太の前に打ち立てられている大きな丸太に対して、まるで鐘を木で打つように打ち付けるのだ。

 この妙な遊具について、今更考察してみると以下の通りである。

 まず、この遊具は年端もいかない幼児複数人が遊ぶには危険すぎる遊具である。丸太同士の接触により下手をすれば死亡事故が発生する可能性がごく普通に存在する。そして、この遊具を使用して遊んだ場合には大きな音も発生することから、多大なストレスが幼児達に襲いかかる。その強烈なストレス環境下で遊んでいる園児達の〝股間が擦れる〟というとんでもない仕様になっているのである。言うまでも無いが、年齢によらず、人間という生き物は強いストレスがかかると繁殖欲を刺激されて性欲が強くなってしまう。そこに股間部分に刺激を与えられると、保育園児という凄まじく早い段階で性について目覚めてしまうという異常事態が発生するのである。

 この遊具については、僕が保育園年長組の時、保育園側が〝さすがに危険だから遊具を撤去しよう〟という話をしだし、実際に撤去されている。

・僕が嘉川保育園に通っていた時の話。保育園の西側にクヌギの木が何本も並んで植えてあった。そこのクヌギの蜜がよく出て、そこに大きなスズメバチが群がっていた。大人は何もしていない。保母さんに「昆虫を取ってみましょー!」と言われたと思う。僕が虫取り網で2~3回捕まえていた。

・僕の通っていた嘉川保育園のアリヒサという保育士さんについての話。僕の通っていた保育園は昼食後に南側の木造の校舎に皆で集まって歯磨きをするという時間が設けられていた。その際に、僕の友人である田中公貴の乳歯を虫歯だと言って、素手で抜き取った保育士さんがいた。その人の名前の方は覚えていないのだが、姓はアリヒサという人だったと思う。 

 乳歯を素手で抜き取られた田中は絶叫して泣き叫んでいた。アリヒサ先生はその泣き叫んでいる田中を尻目に「みんな、ちゃんと歯を磨きましょうねー。虫歯になったら私がこうやって抜いちゃいますからねー」と、自らが抜き取った田中の血だらけの乳歯を掲げながら、ヘラヘラ笑いながら言っていた。僕はその風景を見て怖くて保育園時代は頑張って歯を磨いた気がするのだが、そもそも何故、あそこまで執拗に虫歯を嫌っていたのだろうか。例えば僕の父などは酷い虫歯になっていて、そこから悪性の菌が浸食したことにより心筋梗塞になってしまった疑いがあるのだが、これらの病気の連鎖と、何か関係がある話なのだろうか。当時はこの地域一帯、心筋梗塞となる人が多かったなどの特別な事情が存在したのでは無いかと僕は疑っている。

・実は僕は日本脳炎の予防接種を受けていない。このことについての話。

 〝前の畑〟、と僕達の一族が呼んでいた畑がある。この江崎の住所にあるこの家は南向きに玄関を設置して建てられている。また、以前この土地に建っていた旧家の玄関の向きもまた南に向けられていた。よってその家屋の少し前に存在する畑だから〝前の畑〟と呼んでいたのだろう。余談ではあるがこれは現在はルナ、という我が家で昔飼っていたダックスフンドのメスの死骸が埋められて〝ルナの畑〟という名称に変更されてしまっている。

 話を戻そう。祖父は僕が保育園に通っている時代から畑の西側で椎茸の栽培の為、腐葉土の上に樹並べて横たえていた。そこにはカブトムシがたくさん卵を植え付けに来るのである。

そうして、カブトムシが成虫になる時期が来ると祖父は大きなスコップでその畑を思いっきりえぐった。まだ土中にいるカブトムシの柔らかな蛹が大量にえぐられて死ぬ(僕はもっと優しくやってよカブトムシが死んじゃうよ、と目の前のグロテスク極まりない光景に引きながら訴えていたが祖父はスンッと鼻を鳴らして聞きもしなかった)。そうして土を掘り出してドラム缶に大量のカブトムシの成虫をみっちり敷き詰めて祖父がどこかに売り出していたそうなのだが、実は全然金にならなかった。一匹10円前後だった気がする。

 実はその場所に蚊が大量に沸いていたのである。僕は蚊にとても刺されやすい体質なのかいつも蚊が群がってきていた。小学校に上がった辺りで、両親から僕が日本脳炎の予防接種を受けていないことを聞かされた。また蚊に刺されると日本脳炎にかかることがある、とも。

 だから僕は予防接種を受けなくて大丈夫なのかと両親に何度となく聞いた。

 すると、両親が妙な事を言っていたのだ。「お前が注射を嫌がるからしなかったんだよ」と。 これが何が妙なのかというと、別に物心が付いたあたりから僕は別に注射など怖くもなんともないのである。もしかして、僕が覚えていないくらい幼い時に何か痛い目にでもあったのだろうか。 

・時期不明。自動車に関する話である。母は昔一度だけ軽自動車に乗ったことがあるが、その軽自動車は信号待ちしている際、そのままエンジンが止まって動かなくなっていたそうだ。母はそれ以来、軽自動車そのものに対して心的外傷を受けてしまったのか、軽自動車に乗れなくなってしまったそうだ。

・2019年4月6日に母から聞いた話。おおよそ30年前に、嘉川保育園の駐車場で、母の車が駐車中に他の車にぶつけられたらしい。幸い保育園の先生がその事故現場を目撃していた為、相手方が修理費等支払ったらしい。

・自動車の保険に関する話。僕の両親は父の保険に母が入ってしまっている形で保険に入ってしまっているらしい。そして、母が車で事故を起こすたびに父の車に関する保険料金も上がっていったそうだ。それでどうも夫婦関係が悪化していたようにも僕には見えたが、実はこの母の起こす自動車事故というのが、母の能力とはまるで関係が無い状況で起こっていたことがほとんどである。母の起こして事故の、当時の状況を聞くと大抵は相手側が悪い、といったものがほとんどなのだ。これについてはアメリカによる嫌がらせの可能性が高いと僕は思っている。

・僕は初めての自慰行為を嘉川保育園在籍時の年長組辺り、つまり5歳くらいに行っている。確か僕が小学校に上がる寸前の事だったがその時の状況をよく覚えている。当時、僕は保育園から帰宅した際、祖父母の家で父と母の車による迎えを待っていることが多かったのだが、その辺りの時期は両親が仕事で忙しかったようで、迎えに来るのがよく遅くなっていた。

 そして、そういう場合には僕は祖父と一緒にこたつでテレビを見ていることが多かったのだけど、実は僕は祖父母の家は少しだけトイレが暗いなどの理由で苦手でもあったのだ。

 今になって思うのだが、これは恐らく外の山陽本線の電車の音や、近くの国道二号線を走る大きなトラックなど騒音が怖かったんだと思う。そして、そういった過剰な騒音に包まれた状況で僕はこたつの中で床に伏せるようにして寝ていた。その上で僕は、そのまま腰を前後に動かすと陰茎が熱くなって気持ちいいことに気がついた。僕はまだ5歳程度の段階で祖父に見られながら床オナニーをしていたのである。祖父はその僕の行動を見て、なんだとても衝撃を受けたような顔をしていた。

 僕はその時以来、床オナニーが癖になりしばらくそれをしていた。中学校の時、サッカー部の本間正憲が教えてくれた。陰茎を右手で掴み、カリ首に向けて右手を擦り付けるというまともなオナニーのやり方を。もっとも、その時の僕は床オナニーという異常な自慰行為の代償として、とっくに仮性包茎になっていたのだが。

 僕は子供の頃より父や祖父などと一緒に風呂に入ることが多かったのでよく知っているのだが、一族の中で性器に皮が被っているのは僕だけだった可能性が高い。だからだろうか、僕は成長していくにつれて自身が仮性包茎であることを子供みたいで恥ずかしく思った。

 

3、小学校時代

・僕が小学生の頃、大庭あすなという女生徒が転校してきた。確かあれは僕が小学校低学年、2年とか3年の時だったと思う。この大場が転校してきた早々、河村亘朗の事が好きだというので河村と仲が良かった僕に手紙を渡して欲しいと言ってきた。そして、僕は確かこの時ガキだったし、そもそも確か〝好きだから〟という理由も聞かされていなかったので、大場に渡された手紙の中身を普通に開けて読んでしまった。その結果として大場はその事に激怒してしまい、僕は大場に一方的に頬をはられた経験がある。

・僕が保育園年長組のあたりに原田拓という生徒が東京から転校してきた。この原田という姓の人物は僕の祖父母の家のわりと近くの高根地区の大きな二階建ての洋風の家に住み始め、飼っている犬はトムという名のラフ・コリーであった。

 この原田という生徒は本当に問題児で、僕の保育園、小学校ではガキ大将として君臨していた。原田は僕以下、ほとんどの人間を殴って虐めてまわったいた。ただし、無視などの陰湿ないじめは行わなかったと記憶している。

 彼は時々むちゃくちゃなことをすることがあって、当時僕が祖父母に飼って貰っていたコナンという名前の四国犬の雑種を今津川の橋の上から投げ落としたりしていた。ただ、僕はこの原田という生徒の周辺環境はどうもおかしいと思っていた。彼の住む家に行くと両親があまり仲が良くないことがわかった。そして、彼はテレビゲームを大量に所持しており、特に東京のテレビゲームを僕に教えてくれたりした。彼は活発なタイプの子供であるにも関わらず僕と一緒に遊ぶ時だけは家でゲームをすることが多かった。その影響で僕はファイナルファンタジーを購入するようになったりしたのである。彼が転校して来なければ、恐らく僕は小学校のクリスマスプレゼントでスーパーファミコンファイナルファンタジー4を父に買って貰ったりはしなかったし、その後ゲームを大量に購入することも無かった可能性もある。

・榎田修巳、榎田真也という名の太った双子の兄弟が小学校の中学年時に転校してきた。この二人の兄弟は乱暴者で転校してきた当初はよく皆をいじめてきた。毎朝、先生が教室に来るまでの間、学校の教室の後ろ側の机を前に出して、喧嘩などに明け暮れるという謎の習性を持っていた。僕のこの双子の兄弟によく因縁を付けられており、喧嘩もしたことがある。しかし、大きな体をしているため僕が殴りつけてもまるで聞かないといった感じであった。しかし、不思議なことに、彼らは僕をあまり殴ったことはない。

 しかし、彼らの家に行ってみると、お母さんが片目を血で充血させた状態で出迎えてくれた。どうも父が自衛隊の人らしく、DVなどで苦労している家庭のようだった。僕は結局この二人の双子とは年を経るにつれて、そこそこ仲良くなってしまった。最終的にそこまで嫌いでもなかった。

山口県における自動車の制限速度についての話。僕が子供の頃、父はよく自動車を運転する際に制限時速を超過した速度を出してしまっていた。僕がその当時、その件について大丈夫なのかと父に話を振ってみると、車の速度というのが法定速度の通りになってはいないこと、車の流れに合わせなければかえって他の車に迷惑をかけてくれることを教えてくれた。

 また、これについて、父は奇妙なこともいっていた「つまり、警察は市民が自動車を運転している際に、速度違反という名目でいつでも好きな市民を逮捕できる」という話もしていたのである。

 ちなみに、これは2019年5月辺りに僕が聞いた話であるのだが、その昔母が制限速度内で道路を走行していた際に警察より「この辺りは制限時速を超過した速度で車を走行させないと渋滞が発生する」という指摘を受けて、法定速度を超過した自動車運転をせざるを得ない状況を作られてしまったことがあるそうである。つまり、前述した父の言はそのような事情から発生していた可能性が高いのである。昔の山口県では警察組織が法定速度の超過を市民に勧めてしまっていたという異常な状態であったのだ。そして、それを時折逮捕していたのである。ちなみにこれについては僕もよく覚えているのだが、確か、僕が小学校高学年の時辺りに、父が速度超過という名目で何度か警察に交通違反で取り締まられていたことがある。その時の父は「前の車の方が明確に速度を出していたじゃないか!」と、かなり強い口調で警察に対して抗議していたが、警察はまるで取り付く島もないという様子であった。

 僕が思うに、実はこの異常な事態はアメリカなどが標的となる一族を陥れる為に作り出した仕組みなのではないかと考えている。過去の父や母の証言が事実ということであれば(当時の交通に関する証言を大量に集めてしまえばこれは恐らく法的な証拠となりえる。簡単なことである)、この問題を一市民が回避出来るようには物理的になっていなかったのである。少なくともこの山口県法治国家という体裁をなしていない状態であったのは間違いが無い。この件に関しては徹底した調査が必要な事案であると僕は思う。

・上渡りの家での事。僕が小学校に通っている時代、家の中に大きなスズメバチが入ってきて、父が一生懸命追い出していた。これについては関係があるかどうかは本当に定かではないが、実は僕はこの辺りの時期に蜂に対する心的外傷を負ってしまっていたのである。

 というのも、この事案の発生した付近の日取りで、僕はビニールハウスのイチゴ狩りに参加していたのである。そして、その際にそのビニールハウスで飼育していたミツバチに全身30カ所ほどを大量に刺されてしまっている。

 このスズメバチに関していえば、あまり僕が収集している事案とは関係がないのかもしれないが念のため記述をしておく。

・小学校の時の不思議な話。確か僕たちは近所の小学校に通う際、ある程度集団登下校を行っていた。朝、家の近くの公園に並び、登校するのだが、その際に藤津(姓に津という文字がある。水に関連するワードである)さんと兄が喧嘩していた。どうも兄がスポーツ少年団のサッカーに参加しないことに対して藤津さんがケチを付けていたのだ。そこでまだ小学校中学年辺りの兄が言った言葉をよく覚えている。「どうせ勝てないのにサッカーなんてやっても無駄だろ」

 そうするとさらに後日不思議な事が起こったのだ。藤津さんがどうもその日に限ってサッカーの試合に勝ってしまったらしい。「見たか、和樹。俺らだってやれば出来るんだぜ」と藤津さんは得意げに言い、兄は「あー、はいはい!」と頭の後ろをボリボリと強く掻きながらとても不快そうにしていた。

・小学時代の仲が良かった友人、田中公貴についての話。僕の小学時代の友人に田中公貴という男がいる。この男が小学生時代に言っていたことの話であるが、彼の生家に白蟻駆除業者がやってきたそうである。そして、彼の家を調べ回った業者は、「家の柱が地下で白蟻に食べられています」と言ったそうだ。田中の父は山口県における教師で、しっかりした性格の人だったようで、「そうですか、どこに白蟻がいますか?」と言いながら田中の祖父と共に家の柱の地下の部分を見に行き、白蟻がいないことを突き止めたようだ。つまり、田中公貴は白蟻駆除を言い分にした詐欺業者が家にやってきたという話をしていたのである。

 ちなみにこの田中という男については色々思う所が僕にはあって、例えば最終的に彼は東北大学の大学院に合格し、電力関係の仕事に就くと言っていた。そして、2019年の2月辺りに接触をしてみた所、彼は東京の朝日化学で朝日化学で働いているようと述べていた。彼の進路は少し変わったように思えるが、これについては何があったのであろうか。

破傷風についての話。小学校の頃、僕は上渡りという団地に住んでいた。その団地の北側には潰れた家具工場が存在し、その横に産業廃棄物の山が存在した。僕はときどき友人に誘われてそこで遊んでいた。面白そうな壊れた工業製品が一杯落ちており、小山となっているのである。僕は実は何故か破傷風の予防接種を受けていない状態で、その産業廃棄物の山の上で遊んでいたわけなのだが、。〝その状態でその場所を歩き回り、万が一産業廃棄物の山の中でこけたりして膝を擦りむけば破傷風になり死ぬ、だからそこに行くな〟、ということを父に言われていた。だけどなんだか冒険しているみたいで楽しくてときどきそこに行ってしまっていた。

 その後、その産業廃棄物の山の東側に、犬を飼っている家があり、僕がそこの家の犬を撫でようとしたら手を噛まれ、血が結構出てしまった。その後、両親にもうその場所に行くなと怒られたので結局行かなくなってしまった。

 僕達一家が上渡りから下高根に引っ越す辺りのタイミングで、その産業廃棄物置き場が埋め立てられて、整備されて住宅地になっていた記憶がある。

・上渡りの団地の一番南側の小さな坂を登った左手側の家。その家ではニッキーという猫を飼っていた。黒色と白色の混じった毛の色の猫。僕はこの猫をよく撫でていたのだが、この猫は僕の家の前の砂場で時折糞をするという困った癖を持っていたのである。

 そして、確かあれは僕たち一家が上渡りから下高根への引っ越しをするちょっと前辺りの話。僕の上渡の家の庭にあった砂場の土が猫の糞まみれになったのである。僕の父が険しい顔をしながらこのような事を言っていた。「ニッキーがしたにしてはちょっと量がな・・・」と。僕がちょっと砂場をスコップで掘ってみると、たくさんの糞が出てきた。今思い出すと1匹の猫がしたには量が多すぎた。この事について僕の母は「ニッキーがしたのね」と淡々と言ってはいたが。そういう事が一回ではなくて何回かあったと記憶している。僕は兄と違って大きくなっても砂場遊びすることがあったのでとても気持ちが悪かったのをよく覚えている。これはアメリカなどの嫌がらせによって発生した事案なのであろうか。どう考えても異常な事態が発生していたのであるが、これについては捜査が難航すると思われる。

・これは僕が上渡りの家に住んでいた頃の話。幸の橋団地に住む興進小学校の同級生である清水しんじが捨て猫をくれるというので喜んで貰いにいった。当時は僕は猫が好きだったのである。父も母もこれには大賛成で、喜んでその猫を引き取った。

 その猫を引き取って上渡りの家に連れてきたところ、その猫が異常な量のノミに付かれていて、父が血相を変えてその猫を風呂場で洗いノミを取った。「ソファーにノミが着くぞ!」と父が焦っていた。その後、結局僕は清水に猫を返しのだが、その猫はノミを取られた結果か健康になりぶくぶく太っていた。その猫は白色と茶色の模様の毛並みをしていた。

・僕が小学校の時の話。僕と兄が父の車に乗って、外出していた時の話。どこかの坂道の上で車を止めて、父が車から出て用事を済ませに行った際、車が僕と兄を乗せたまま逆向きに坂道を滑り落ちていったことがある。幸いにも何とも接触事故は起こさずに済んだが、確か50メートル程度は滑り落ちて、僕と兄はとても驚き恐怖したと思う。この際に、父が車のハンドブレーキをかけ忘れてしまったか、それともハンドブレーキが利かなかったか、それについてはよく覚えていないが、この際の車に問題はなかったか。また、父に対して何か妙な操作が与えられていなかっただろうか。

・僕が小学校の時の話。僕と兄が父の車に乗って、外出していた時の話。兄は父によく叱られていた。兄と父が会話していて、兄が何か父の気に障ることを言うと父が「お前はいますぐこの場で降りて歩いて帰れ」と怒鳴りつけていた。何故、父は兄にそのようなことをしていたのだろうか。

 また、似たような状況で、父が兄に対して「お前はもう息をするな!」と言われたことがある。その際の兄の反応がとても奇妙なものだった。兄は車のエアコンに口を付けてエアコンの排気で呼吸し始めたのである。そして、兄はこう言った「エアコンを吸ってるんだ、息しているんじゃない」と。父はこれを見て少し吹き出していた、僕はそもそもこのやり取りの意味が分かっていなかったのだが。

・僕が祖父に飼ってと頼んだコナンという名前の犬(僕が付けた)。恐らく柴犬の雑種であった。その犬を祖父が散歩と称して、トラックの後ろにくくりつけて縄を付けて首に首輪をはめたまま引きずり回していた。僕がその展開にもの凄い戸惑って、「じいちゃん、これ大丈夫なの?コナンの脚が折れる」と言うと「だいじょーぶいやぁ!」と言いながら。犬を引きずり回し続けていた。祖父はどうしたんだろうと僕は思っていた。ちなみにその犬を引き釣り回していた場所が、現在は産業廃棄物処理場になってしまっている。

・僕が小学校5~6年の時。この当時の担当の先生は、江頭啓之という先生だった。父から後程聞いたところによると、この江頭という先生はどうも共産党の人だったらしい。ギターを学校に持ってきて、授業中にも関わらず弾いたりしていた。また社会の時間に金印のレプリカを持ってきて、「金印の本物を持ってきた。僕は偉い人と仲が良いから特別にだ」等の嘘を付きはじめた。僕は純粋だったため、それに騙されたりしたのをよく覚えている。確か、この教師に通信簿の生活面に『歩き方が偉そう』と書かれたりした。

 それからこの先生は〝パーフェクト〟、という英単語と〝完璧〟、という日本語を組み合わせて〝パーペキ〟などという、よくわからない造語を作った。そして「僕が好きだから、みんなこの造語を使っていこう」などと、よくわからないことを言っていた。

 またこの江頭という先生が機嫌が悪くなるとすぐに授業放棄する人で、田中公貴という僕の幼馴染みがよく泣きながら「お願いだから授業をしてください」と言っていたのも憶えている。

 確かこの共産党の教師の人に2人、娘さんがいて、記憶が定かではないがどちらの娘も脳腫瘍などの大きな病気にかかっていた。それで江頭先生は学校を休みがちになり、授業の進行も大幅に遅れていった。その代理の先生として磯崎信子という教師が僕たちのクラスの担当として赴任した時期もあったと思うが、結局この先生も学校に来なくなってしまった。それで誰も先生がいないという時期が半年続いたりしていて、その間の授業が自習だったように僕は記憶している。その時、田中公貴という同級生が「大丈夫なのかな、俺たち、全然勉強してないけど」と不安がっていたのをよく憶えている。

 中学校に上がったあたりで、利重貴浩や田中公貴という友人と一緒に、「あの小学校5年、6年が不味かったよな。俺たちみんな落ちこぼれになった」と話したのも憶えている。

・これは父や母から聞いた話。僕が母方の祖父がトラックなど買っていた久光という会社の店に入れ替わる形でホンダの店が出来たそうである。これは僕が愛知県で体験した事案などからわかることであるが〝攻撃の標的にしている一族が懇意にしている店を潰すことによって、精神面に打撃を与える〟というのはアメリカなどが行う典型的な操作の方法であると類推する。

 僕は成年向け同人誌を執筆していた際に、愛知県名古屋市中区大須1-25-14シャンポール大須303号室という住所に住んでいたのだが、この住所の近隣のコメダ珈琲という喫茶店が潰れてしまったことがある。僕が〝毎朝ここで朝食を取る習慣を付けよう〟と、時々この店に通っていたのだがこの店は僕が名古屋市に住み始めてから1年程度で無くなってしまった。 また、僕が昼食をよく取っていた、名古屋市大須商店街脇の小さな和風の家庭料理店も僕が通い始めてしばらくしてから潰れてしまった。僕の場合、偶然にしてはそういった事例が多すぎるのでどうしても疑ってしまうのである。僕の祖父が懇意にしていた店も僕と同じようにアメリカなどから潰されてしまったのではないのかと。

・これは僕が父と母から聞いた、僕の母方の祖父についての話。祖父は第二次世界大戦のフィリピン戦線で部隊長をやっていた父を持っていたのだが、その父は戦死した。

 それから祖父は曾祖母と共に頑張って戦後を生きたようなのだが結局高校を途中で辞めている。戦争で家族を失った者に対する恩赦が一時打ち切られるようなことがあり、支払う学費が足りず、高校に行けなかったらしい。

そして、これは僕の祖父がだいたい50歳くらいの時の話なのであるが、祖父は農林水産省出先機関の公務員としてこの辺りの地域を見回りながらのんびりと稲の検査等していたそうである。しかしその後、山口県の中央機関の方に出向になってしまったそうである。そこで祖父と共に仕事をすることになったのが所謂高学歴の公務員ということだったようだ。そして結局、学が無かったか能力が無かった祖父は結果として窓際の部署に追いやられたということのようである。そうして祖父は学歴に対しての心的外傷を刺激されて鬱になったのか、しばらく寝たきりになり家に引きこもり仕事にいかなくなってしまったらしい。

 この祖父がうつ病になってしまったという時期は実は僕達家族が、上渡りからこの下高根の土地に移り住んできてから、ということらしい。そして、その辺りの時期というのはちょうど父の社会党がらみの活動をしていた時期にあたるのではないかと僕は推測している。

 この件に関してはアメリカなどからの嫌がらせの可能性の有無を調べるだけの価値はあると思う。もし仮にこういった形の操作というものをアメリカなどが祖父に仕掛けていたとすればそれは最低にやり口だと僕は言わざるを得ない。

・この上渡りの家を出て下高根の家に引っ越しをする辺りの時期に僕は上渡りの同級生からお別れ会をやろうと言われて、その企画会議のようなものに参加した。確かあれは水野慶子の家で、中村悠、水野慶子、川越ひろみ(水田?)、辺りの連中と一緒に話をしていた。そこに突然、原田拓と河村亘朗がやってきた。何故か原田は家に押し入ってくるなり、僕の顔面を蹴りつけ、床にたたきつけた。そして腹に対して、何度も何度も蹴りを入れ続けた。その間、水野がひたすら「子供の見ている前でそういうことは止めて」と叫んでいて、僕は何がなんだかよくわからなかった。また、どうも原田を連れてきたのが河村だったと思うのだが、河村自身もこの原田の唐突の怒りに対してとても戸惑っていた。

 実は原田と遊んでいて、原田が僕を殴ったことなんてほとんどない。このときに彼が何故ここまで激高したのか、状況が把握出来なかったというのが本音である(実は僕はこういう状況に遭遇して怒れないことがよくあるのだが、状況が上手く把握できない状態で事案が進行することがほとんどなのだ)。今では「もしかして原田は僕のお別れ会に参加したかったのだろうか」と少しだけ思う。とは言うものの、このお別れ会は上渡りの面子でやる話であり、原田が怒るのは筋違いであったとは思っている。

 そして、どうもこの辺りの事案が元で水野が僕の悪評を中学校の女子にばらまいてしまったようなのである。

・父には社会党時代に若くして癌で死んだ親友がいたそうである。癌で死ぬ間際に病院でその親友に会ったことがあるそうだが、脳が癌に冒されているのにも関わらず、正気を保っていたそうだ。父が親友と呼ぶ人はあまりいないのだが、この人は何故若くして癌にかかって死んでしまったのだろうか。また、当時家族で行ったどこかの旅行先で、父が泣いていたのを見たことがある。それはこの親友の死を悼んでということだったのだろうか。

・これは確か僕が小学校高学年の辺りの話だと思う。お正月を僕は祖父母の家で迎えることになり僕は除夜の鐘を正法寺で打つ為に祖父母のまだ打ち壊される前の日本家屋に泊まりに行っていた。その際、上渡の家で父と母と兄は年越し蕎麦を食べたそうなのだが、その際に食べた蕎麦により食中毒となってしまい、父と兄が少しだけ入院してしまったことがある。ちなみにその時、母は麺がおかしいとすぐに勘付いたらしく下剤を飲み食中毒となる難を逃れている。

 その蕎麦は生麺のしっかりしたものだったそうだが、何故、雑菌が少ないはずの冬場に食中毒になってしまったのだろうか。それ以後、僕の兄と父は年越し蕎麦をインスタント麺で食べるようになってしまった。それだけ酷い食中毒だったのだと予想される。そして、僕の記憶が正しければこの年、僕の兄は山口高校受験の年だったような気がする。このあたりの日取りがイマイチ僕の中で曖昧なので是非とも当時の医療記録等を調査して貰えたら幸いである。

・僕の祖父母の家の近くにある正法寺というお寺について。僕は小学校時代、それなりにこの正法寺というお寺が好きだったのだが、この正法寺にてとても嫌な思いをした記憶がある。確か、あれはお祭りか何かで、催し物で綿菓子か何か出ていた時の話だと思う。僕が正法寺の境内で綿菓子を食べていると、壮年の眼鏡をかけた僕の知らない男が話しかけてきて、「お前本当に太っていてどうしようもないな」「こんな綿菓子なんて食ってるから太るんだ」などと一方的に悪口をまくしたててきた。それを母が困った顔で見ているというよくわからない状況が発生したのである。僕はそれ以来、正法寺のお祭りや催し物には行かなくなってしまったのである。

・小学校高学年から中学校1年の間あたりだったと思う。李、という中国人の一家が当時大歳小学校で勤務していた母の所にやってきた。確か貧しく、家計も苦しいとのことだったので、うちの家に招いたり、一緒に遊んだりしていた。

父は当初この家の父親を共産党員かと疑っていたそうである。というのも、お金が無い困窮家庭、という話だったのに、下関の大学に行く?新潟の大学に行く?等、来日して大学に行くという話をよくしていたらしく、「工作員の疑いがある」と父は言っていた。中国共産党人海戦術による工作の可能性はあるとは思うが、僕は別にあの家族自体に悪意は感じなかった。

・父の思想に関する話。父はどうも僕が小学生の辺りの時期に教師を休職し、社会党員をやっていたと思う。38℃線に土井たか子と共に行ったこともあるようだ。こういう風に曖昧になってしまう理由というのは、父にこの辺の所を聞いても、どうも誤魔化されてしまうというか、情報が定かでは無くなってしまうからだ。

 ちなみに僕が25歳くらいの時に、兄と共にその件について問い詰めると「土井さんは可哀想な人なんだよ」とはっきりと擁護していた。「朝鮮人の血が流れる自身の事を肯定できないというのは可哀そうだ」と、父ははっきりと言っていた。

 しかし、僕が35歳の時にその件に関して聞いてみると、「社会党員では無かった」とまで言ったことがある。父の雰囲気を察するに、この辺りの事を語るのが、怖い、後ろめたい、とか、そのように思っているようなのだ。

 この父の持つ後ろめたさとか恐怖感については僕もなんとなく理由を察してしまう。当時はアメリカが日本の社会党のことをコミュニストの政党が日本の主権を握った、という見方をしていたのだ。しかし実際の所、父が目指していたのはただの教育改革であり、日本の教育制度をドイツ型の教育制度に変えるということを考えていたらしい。それはつまり、日本の教育制度を、子供の持つ資質に応じて多様性のある進路を用意してその専門性を生かす、といったような教育の方向性を父は志していたようである。当時の僕の記憶からしても父は決して共産主義思想を体現しようとしていたわけではなく、一貫して地域の熱心な教育者でしかなかったように僕には思える。そして父は政治的には右派社会党を当時は自認していたと思う。

 しかし、別に父の思想を当時のアメリカがどう見ていたのかという点は僕にはわからない。父の恐怖感がその辺りの事情に絡んでいるのではないかと僕はなんとなく推測している。

 この一見するとまるで共産主義者ではないような父に対して、何故アメリカなどは攻撃して回ったのであろうか。また攻撃していないというのなら、何故この時期の父の周りにはこのような不幸が連続して起こったのであろうか。この件については僕が調査を依頼した関係団体の方々は是非とも調査し考察した上で僕に教えて頂きたい次第である。

 

 

 

 

 

  

4、中学校時代

・中学に上がってすぐに田邊誠という同学年の生徒に教室の窓際にある掃除用具入れ内部に押し込まれたことがある。僕はすぐにその掃除道具入れから脱出し、田邊に「何をするんだ、ボケ」と言い、その後、担任の先生にその件を報告した。

 その後、そういったいじめのような動きはなりを潜めたものの、しかし、何故か田邊に真面目ちゃんというレッテルを貼られて、しばらくはそういった扱いを受けた。ただ、別に田邊とはのちのち仲直りをしてしまった。ただ単に他人をからかうのが好きな奴ということらしかった。

・これは僕が中学一年辺りの話。父が僕が授業中に取っていたノートに対して妙な事を言い出してきた。「お前、自分で書いたノートを見直さないんだろう。じゃあ、書いても意味ないだろう」と。それで僕はそれもそうだなと思い、授業中にノートを全然取らなくなってしまった。ただ、これに関しては父が間違っていたのか定かでは無い。僕は別にそれでも教科書を読んでいればある程度良い成績が取れてしまっていた。

・中学時代、僕はソフトテニス部に入っていたのだが、中学2年時の話。練習中、嵯峨健司という同級生にソフトテニスのボールを死角から撃ち込まれ、それが目に命中してしまったことがある。嵯峨はまるで悪びれることも無かった。元々、僕の視力が低くなり眼鏡をかけ始めた時期ではあったが、確かこの件で左右で視力が変わってしまった記憶がある。

・本永昌史という僕の友人についての話。中学時代のソフトテニス部で一緒だった男で、元々硬式テニスをやっていたらしい。速い球は打てないものの、球のコントロールが抜群に良かった。僕はこの男に異常に懐かれて、ペアも組もうと言われたり、後ろから抱きつかれたりしていたことがある。そして彼は僕に後ろから突然抱きついて言うのだ。「今日もぐっすり眠れる」。何を言っているのか、と思うかもしれないが、彼は僕に対してそういった事を本当に言っていたのだ。あまりにも異常だったが、僕はこういうホモっぽいネタが逆に面白くなってきて、一時期周りの人間にやっていたことすらある。

 しかし、彼のあの発言は一体なんだったのだろうか。結局僕はソフトテニスでは後衛でプレイするのが向いているタイプで、彼も後衛でプレイするのが向いているタイプだったので相性が合わず、ペアは結局組めなかったのだが。その後、本永はソフトテニス部を辞めた。僕はこれをとても残念に思った。というのも、彼は僕よりも打ち込む球は遅かったがテニス自体は明確に上手かったからである。

・藤井崇正という生徒について(ちなみに〝井〟というのは水に関連するワードらしい)。ストリートファイターゼロ2というゲームに僕と兄がはまっていた際に、この藤井という同級生が貸してくれ、と言ってきた。そして「兄が怒るから絶対にパッケージを割らないでね」と言い含め、ゲームを貸したところ、見事にパッケージを割って返してきた。彼が言うには彼の兄が踏んでしまったそうである。

 僕は「わかった。このままではうちの兄が怒るから、パッケージ代金を弁償してくれ。2千円」と言って、金を貰った。その後、藤井は僕のことを少し恨んでいたようである。

・もう一人の藤井という生徒について。実は藤井という生徒はもう一人いて、こちらは背が高い方の藤井でありフルネームを藤井朋洋という。この藤井には兄がいて、僕の兄とはとても仲が悪かったそうである。兄曰く「性格が終わってる、本物の屑」。ただ、僕はそこまで同学年のこの背が高い方の藤井とは絡みがなかった。

 しかし、中学2年辺りの昼休み、突然藤井が「原田って将棋が強いんだって、やってみようよ」と言いだし、何故か対戦することになった。将棋盤がどうしても見つからず、放送部かどこかにおいていたパソコンの将棋ソフトで対局することになった。藤井がそこで唐突にごね始め、藤井が下側から将棋を指して、僕が上側、つまり逆向きに将棋を指す形となった。

 藤井は正直な所、ただの雑魚だった。彼は僕が人生で初めて逆側から指しているのにも関わらず、互角の勝負を展開していた。そして途中でそのことに気がついたのか彼は急に不機嫌になってきた。そうこうしているうちに昼休みの鐘がなった。対局に使用していた休み時間の刻限がきたのだ。

 僕が「よし、まだ途中だね、明日もやろっか」と言うと、「ばーか、もうやらねえ、わかったよ、お前そこそこ強いよ」と言いながら何故か将棋での勝負自体が反故になってしまった。その様子を僕の友人である田中公貴という奴が横で見ていたので証人は一応いる。その後も実は藤井は僕に何度も突っかかってきたのだが、何故彼は僕にそこまで興味があったのだろう。実を言うと、僕と彼とは仲が悪かったか、というと多分そうでもないのである。彼は微妙に僕の事を認めていたような節があった。

・僕に付けられたインターネットのコミュニケーションに対する心的外傷について。中学時代に仲がよかった、今津川沿いの伊藤浩平に紹介されて、宇部市辺り(伊藤からそう聞いた)の友人と電子掲示板でやりとりをしていたことがある。確か、管理人名が〝セレネ〟。ただ、ここの電子掲示板にいた音楽の打ち込み系をやっていた人物に散々からかわれて攻撃されたのをよく覚えている。当時はインターネットで書き込み等をする同年代の若者は非常に少なかったことから、操作が容易であったことは間違いが無い。実の所、僕はこれで本格的にインターネットのコミュニケーションが苦手になってしまったようである。

・この山口県山口市江崎2805-1の住所に僕が小学生の頃積水ハウスによって建てられた住居は欠陥住宅であった可能性が極めて高い。まず、全体的にドアのサイズが大きすぎるのである。高さが2006mmもあるドアはまるで防音性能が無く、一階で出した音などが二階の部屋の内部にまで聞こえることがある。また、その高さがもたらす重量からドアは常に故障などと隣り合わせであり、よく家のドアは床を引き摺るようになっていた。そして、ドアノブの方向に関しても、まるで住民の事を考えてはいない。二階部分では僕と父の部屋のドアノブの方向が逆に設置されている。また、夫婦の寝室に付いているクローゼットの内部は南側と北側で構造を変えて設計されている。さらに、洗面所の引き戸の計算が狂っており、1cmも隙間が空いている仕様になっている。窓に関しては特殊な規格のモノが取り付けられており、兄の部屋などは、業者を呼ばなければまともに窓も拭けない設計になっている。

 また夫婦の寝室となる部屋の窓には高さが約2023mmにも渡る異常に粗悪な窓ガラスが備え付けられており、建設から時を重ねるにつれて、この窓は気温の上下によって異常なガラス鳴りの音を発生させた。両親はこの音からストレスから心臓を悪くした、または癌になった、そう言われても仕方が無いほど強烈な炸裂音を2019年5月時点で鳴らしている。僕はこの窓ガラスのあまりにも異常な状態に怒りを押さえかねて、その炸裂音を録音、録画してウェブ上にアップロードしてしまったほどである。

 また、窓に至っては もともと兄の部屋になっていた2階中央の部屋も酷い有様である。この部屋には絨毯が引かれているのであるが絨毯下の板が歩くたびに炸裂音を出す仕様になっており、大変にストレスを感じる仕様となっている。

 2階のトイレの扉は建ててすぐのタイミングで閉まりが悪くなりストレスを感じるようになっていた。また、1階の洗面所の扉もそこから炊事場へ続く扉もすぐに締まりが悪くなったのをよく覚えている。

 風呂に関しても大変酷いと言わざるを得ない。何故か顔を拭くであろうタオルかけが巨大な仕様となっており、顔を拭くのに巨大なタオルを使う設計となってしまっている。また、風呂桶部分が異常極まりない大きな音が発生してしまうことがある。

 また、家の電源に関しても父が興味深い指摘をしている。父は家の設計図の打ち合わせの際に電源の確認をしたのだが、いざ家が建てられてみると、設計図にはない位置に電源が設置されていたりしたそうである。

 そして、これについてはどういうわけなのかわからないが、リビングと食堂を繋げている引き戸の上部が近くを歩くだけでトコトコと音を鳴らすようになっている。父はこの住宅を積水ハウスに勤めていた山根という姓の男から「100年持つ」と言われて建築したそうである。

 また、この家は新築なのに何故かゴキブリが大量に出た。そしてそれらを捕食するためにアシダカクモという不気味な巨大クモも大発生した。ちなみに僕の記憶では祖父母の以前の家にそのような巨大クモがいるのは一度も見たことがないのである。つまり、そこまで大量のゴキブリが祖父母の家にいなかった可能性があるのである。

 下水道がこの土地に来たのはつい最近のことであって、水回り自体は以前の和式の家もこの住所に建築された洋式の家も同じような仕様である可能性が高い。そして、更に言えば父は積水ハウスに頼んで、ゴキブリ対策用の溶剤をしっかり蒔くように言っていたそうである。なのに、中学校高学年時にはこの家はゴキブリとアシダカクモ屋敷と化していた。

 この二匹は動きがとても早く今でも強烈なストレスを受ける。特にゴキブリの方が苦手で、朝起きると目の上に乗っていたことがある。ゴキブリに対しては明確な心的外傷を持っている。

 父はこの家について、欠陥住宅であると述べた事が無い。しかし、家の借金を返済するのに大変心痛をした、と言っていたし、当時の父の金銭の借り入れについて市役所の記録を調べてみると父は実に5千5百万円程度の借金をしていた。この件に関してもアメリカの嫌がらせの可能性が非常に高いと言わざるを得ない。この家の惨状についてはまだまだ言うことはあるが、大体の問題点についてはある程度録音、録画をして全て保存してある。

 僕としては、この家は将来的に絶対潰すつもりはないとここで名言しておきたい。未来永劫、この国のこの地域に異常極まりない悪意によって悲惨そのものの思いをしてしまう建物が建てられてしまったという証拠として残し続けたいと堅く誓っているのである。僕はこの家を国家に、地方自治体に、未来永劫残して頂きたいと思っている。これはもう僕の中では確定事項であり、これ以後「この家を潰す」などとのたまった時は、僕の脳に異常が発生したと思って頂いてもかまわない。

・僕の小学生時代、江崎の住所に建てられた洋式の家の異常について。これについては本当に腹が立っている。二階のトイレを流した際の水の流れる配管の位置である。実は二階のトイレで用を足し水を流すと一階和室の東側の脇を通る仕組みになっている。その際に、かなり奇妙な音がその配管から流れる仕組みになっており、一階の和室で寝ているとその奇妙な音によりストレスを感じてしまう可能性が極めて高いのである。現に、2019年4月辺りに、僕が深夜、二階のトイレを使用して水を流すと、翌日には母が目眩を起こして具合が悪くなっていたということがあった。

 ちなみにこの一階の和室というのは、もともとは父が祖父母に住んで貰うために設計してもらった部屋だったのだ。もし仮に、この音に関する仕様が意図されて作り上げられたものだとしたら、身内が身内にストレスを与えることで、無意識下に攻撃するように設計されていたということに他ならない。僕は当時の積水ハウスがそれを意図してこの家を建てていたのだとほとんど確信している。

・僕の幼馴染みであった藤井恵という女性について。彼女は嘉川保育園に僕が在籍していた時に同級生だったのだが途中で嘉川保育園に転校してしまっている。そしてその後、僕と同じく川西中学校に入学し僕の同級生となった。しかし、この藤井恵という女性は当時川西中学校の近所にあった、セブンイレブンの店長とコンビニ二階の事務所で援助交際しているという噂が広まっていた。

 この藤井恵という女性はその肉体の成熟の仕方から、当時は学年の男子達からかなり人気のある女性であり、その噂自体に衝撃を覚えた者も多かったのではないだろうか。このセブンイレブンの店長という部分に僕はアメリカなどがする操作特有の作為を感じてしまうのは僕の邪推のしすぎなのかもしれない。

 それで、当時の野球部の顧問教諭は化学の教師であった。田中勇という先生で僕が中学三年生になる頃には三年一組の学年主任であったようだ。そのあたりが関係してか僕はどうにも化学という教科自体が苦手になった。というのも山口高校の推薦入学に、この不良集団の中の人が受かってしまってそれが同期の学生達の間で噂になってしまっていたからである。「あんな酷いことやる不良が推薦入学で受かるって、勉強するの馬鹿みたいだよな」などと言う話がよく友人間で飛び交っていた

・僕が中学生の時に仲良くなった者の中に春日純一というバスケが得意な男がいた。僕はよく、その春日の家でバイオハザードなどゲームをして遊んでいたら、突然、春日が上級生の年長の不良集団(磯部という姓の体が大きい野球部のメンツが中心)に、金をかつあげされていた。結果として、春日はその不良グループに100万円くらい取られたという噂が流れていた。そのうち春日が僕に対して「もう磯部達に渡す金がないので原田が金を貸してくれ、借金をさせてくれ」、と頼んできたのである。僕はその時は「もう額がでかすぎるから教師に言え」と、春日にはっきり言った。しかし春日は最終的に親の金に手を出したりし始めて、結局教師にも言うことが出来ずズルズルと金をたかられていって、その多額のカツアゲ問題自体も有耶無耶のままに放置されてしまっていた。

 この事案は〝僕が仲良くなった友人に対して即座に強烈極まりない嫌がらせが入った〟という風にも取れるのだが、実態はどうだったのであろうか。,春日が彼らに支払った額からして、もはや犯罪でしかない事案が発生してしまっているように僕には見える。この件に関しては大きな警察組織による調査が不可欠であるように僕には思える。

・当時、僕の中学校では野球部がどうも不良の集まりになっていたようだ。僕たちの一学年下の教室に乗り込んで来て一方的に矢儀卓史という男の腹を殴ったりして去って行ったりしていた。梶田裕二という男も因縁を付けられて絡まれていた。それからその不良集団の連中に飯田聖人も子分みたいな扱いを受けていた。高校時代に入っても岡村智章などが電車の中でこの不良集団に因縁を付けられたりしていた。僕は頑張って友人達を庇ってはいたと思うが、何故、あんなに因縁を付けられているのかが謎だった。だいたい、これらの不良集団の面々は僕には直接絡んでは来ないのである。僕の周りの親しい友人がこの不良集団に執拗に狙われて攻撃されていたと僕はよく覚えている。

・当時の問題を起こしていた野球部の顧問は化学の教師だったんだけど、そのせいか、どうも化学が苦手になった。

 というのも山口高校の推薦入学に、不良グループの中の人が受かってしまってそれが噂になっちゃってたから。「あんなひどいことをする不良が推薦入学で受かるようないい加減な高校に、勉強して入学するって馬鹿みたいだよな」と、僕の友人が言っていたと思う。

・僕は中学二年辺りに眼鏡を付け始めた。その眼鏡についての話。そもそも僕の両親は20歳辺りまで実は眼鏡を付けてはいなかったようである。母に何故眼鏡を付け始めたのか聞いてみると「なぜだか急に目が悪くなったのよ」と答えていた。また、僕の親族は、記憶に残る限りではほぼ全員が実は眼鏡を付けていない。何故、僕と兄だけ中学生辺りで眼鏡を付ける羽目になってしまったのだろうか。遺伝的な要因で眼鏡を付けるようになったとは言いにくい状況であることは確かである。僕と兄は中学生辺りで視力が急激に低下した。それについてはひょっとするとテレビゲームのやり過ぎやPCディスプレイの見過ぎなど、原因らしきものが一応ある。ただ、僕の母については実は本当によくわからないのである。というのも母は20歳付近にPCのディスプレイを見過ぎた、などといったことは恐らく無かったであろうし、また母の一族に眼鏡をかけている人は僕の知る限りでは全然いないのである。

 僕の考える所によると僕の母はもしかしたら紫外線の浴びすぎにより、視力の低下を引き起こしてしまったのかもしれない。それが可能性としては一番普通に考えてあり得る話であると僕は思う。ただ、どうやって僕の母が紫外線を浴びすぎてしまったのかというと、よく分からないのである。これについてはどこかにその理由である情報が残っている可能性がある。是非調べて頂きたい事案である。

・重本丈治という佐山地方に住む僕の友人の話。重本は僕の中学校時代の友人である。ただし、重本というのは彼の元の姓ではなく、彼の中学生時代前半の姓は伊藤であったと思う。

 どうも僕の母方の家と親戚という間柄であったそうで、また彼はとても能力の高い男であった。何故か卓球がとてつもなく上手い、また麻雀なども中学生当時で盲牌をそつなくこなすという超人ぶりを発揮しており、僕は彼の温和な人柄が好きでよく家に遊びに行っていたが、僕たちが中学2年辺りの時に突然彼の名字が伊藤から重本に変わってしまったのである。それで僕はなんだか彼が別人になってしまったような印象を受けて、疎遠になっていったような気がする。

・僕の小学時代からの友人であった中尾光弘についての話。僕は中学一年の時、川西中学校に大抵一番乗りというとても早いタイミングで登校をしていた(ちなみにこれは両親が僕に付けたであろう癖である。僕は中学高校と、登校時間がとても早く、大抵が教室にほとんど人がいないという状況であった)。

 ある日、僕が川西中学校に登校すると教室中が凄まじい香りで満ちていてとても臭かった。当時の僕は、それが何の匂いか知らなくて戸惑っていた。また他の連中も大騒ぎし始めて、中尾が怪しいのではないかという話になってしまった。僕は中尾に直接そのことを告げるか迷っていたのだが、そのうち担任の先生が教室にやってきて、「なんだ、この匂いは!」と怒りながら窓を開け始めた。そして、先生は匂いの原因が中尾だと知ると、教室の外に連れて行き匂いの原因を取るため、水洗いをしにいった。後から先生から聞いた話だと「中尾はお母さんの香水が倒れてきて大量に香水をかぶったまま登校してしまったようだ」ということだった。その後、中尾は徐々に学校に来なくなり不登校になってしまったが、結局あれはなんだったのだろうか。というのも、あの香水が異様な匂いを放っていることは中尾自身が分かっていたと思う。それなのに何故彼はそのままの状態で登校してきたのであろうか。彼はどちらかというと勉強がある程度出来るタイプであったので、その辺りの判断は本来は普通に出来ていたはずだと今にして僕は思っているのである。あのとき、彼の見に何が起きていたのであろうか。

・僕の中学時代のソフトテニス部の最後の試合の話。僕は中学生の最後のソフトテニス部の大会で、ベスト16位まで残ることに成功している。その僕が最後に対戦した相手が大殿中学校の人達だった。僕はこの中学校の人達の独特のフォアハンドのフォームが好きでよく真似していたこともあってか、とても試合に気合いが入っていた。普段の試合では羞恥心からか実力をいまいち発揮できていなかったが、この最後の試合だけはかなり調子が良かったのをよく覚えている。維新公園で行われた試合は確か小雨が降っており、最初のうちはこの大殿中学校の人達にスコアを先行された。それでも僕と僕のペアだった佐藤という男は奮戦し、徐々にスコアを追い上げていっていた。そうしていくと奇妙な事が起きたのである。それまで普通に試合をしていた大殿中学校の人達が急に審判にいちゃもんを付け始めたのである。コート内に明らかに入っているこちら側の球について、「今の球はアウトだっただろう!」などと審判に積極的に言うようになった。そして、何故かその要求が通り始めたのである。ただ、それでも勢いとしては僕たちペアの方に明らか分があった。そして、ゲームのスコアがもう少しで追いつくというタイミングで小雨が関係したのか、試合が中止して後日に再試合という運びになったのである。

 再試合は大殿中学校のテニスコートだった。大渡の中学校のテニスコートは山の上にあり、そこまで顧問の先生につれて行かれたのである。そしてその再試合では相手方の生徒がズラッとコートの側面に並び、大きなかけ声を出していた。試合は維新公園の調子の良い試合運びがまるで嘘だったかのように、僕たちペアは恐ろしくあっさりと敗退した。僕の中学校のソフトテニス部の最高順位は市でベスト16位だった。

・僕の高校受験についての話。僕は山口県でかなり難易度が高い公立高校である山口高校の入学試験を受けた。実を言うと画を学びたい美術の先生がいて、山口高校に受かったら美術部に入ろうと思っていた。寒い山口高校の教室で受験したと思う。 

 その受験の際の情景をまだ憶えている。いざ試験が始まって答案用紙を広げると受験番号を書く所があった。そしてそこには名前を書く名前欄が無かったのである。僕は疑念に眼を見開き直ぐに答案用紙の裏側も見た。やっぱり名前を書く所は無かった。もう一度紙の表を確認した。やっぱり名前を書く所は無かった。 それで、受験番号だけ書くのかな、と思ってそのまま番号だけを記入した。それで試験の問題を解いていった。ちなみに、最初の教科の後の後の教科のテストでも名前欄を確認した。結局名前欄は見当たらないまま試験が進んでいった。

  何故、ここで何度も執拗に名前欄の有無を確認したのかというと、確か川西中学校の試験の際にうっかり試験用紙に名前を書き忘れて、0点を取った事があったからである。確かキャベツ云々が試験の問題に出題されており、社会科か理科の試験であった可能性が高い。覚えている限りでは社会科のテスト。確か社会科の先生が休みの間、試験形式のプリントを生徒に解かせるという自習授業があり、僕は確かにそれで0点を取っていた。それ以来、僕は名前の書き忘れにはかなり注意していた。

 山口高校の試験が終わって帰って来て、名前を書く欄が無かったことを両親に告げた。両親は驚いて、「そんなはずはない、友人に確認してみろ」と無理矢理僕に電話をさせた。中村吉希という同級生に確認を取った。名前を書く欄が普通にあったそうだ。それから一応、試験の自己採点をした。少し点は低かったけど、合格ラインは超えていた。

 合格発表当日は、なんとなく、落ちてるだろうなと思ってた。それで父に発表を見に行って貰った。やっぱり落ちてた。僕の中学三年生時の担任である白根秀治先生から電話がかかってきた。「原田が落ちるわけはない。合格の名前を見落としたのでは無いか」と。白根先生はかなり混乱していた様子で、迫真といった感じの勢いでそう聞いてきた。今となっては、白根先生が混乱していたのも無理もないと思う。実は当時の山口高校というのはそこまで難易度の高い高校でも無く、うちの中学からは上から20番くらいまでの人が受かっていたのである。

 この山口高校の入学試験に関していつもおかしいと思うことがある。あれだけ僕が執拗に記名欄を探して見つからなかったのに、他の生徒が名前を書き洩らしたという話を一切聞かなかったこと。中村に名前欄の有無を聞いた際もどちらかと言うとびっくりしたような口調で「え!?いや、あっただろ!」と言っていたこと。いったい、名前欄があったのか、それともなかったのか、どちらだったんだろうか。

 結局、僕は前もって滑り止めで受験して受かっていた私立の高校、野田学園高校の普通科に入学することになった。この高校の特別進学コース(通称、特進科)というのも実は滑り止めで受験していたのだが「野田学園の特進科に進むのは山口高校に受かるよりも難しい」ともっぱらの噂であり、僕はそこの受験は失敗して普通科にしか受かっていなかったのである。だけど、何故か後になって、特進科に補欠合格したことがわかったのである。

 この事案は僕の人生を決定したと言っても良いほど、重要な案件である。この高校受験以来、僕の学業に対する姿勢は確かに「頑張っても別に意味なんてないだろう」という諦めが明確に表れ始めたのである。また、そもそも高校で絵の勉強をする予定であったのにその予定も狂ってしまったことも印象的である。当時の情報を洗いざらい調べてみても、実はこの試験についての情報が集まるかどうかが僕には分からない。ただ、この僕の住む地域や、その一族に対してアメリカなどから加えられた攻撃について情報が集まっていきそれが周知されていけば、僕が記述していることが限りなく正しいということだけは証明されるはずである。

・またこの受験については追加で書いておく。何故か父が僕と兄の受験直前のタイミングでウィンドウズ95のルナティックドーン~開かれた前途~というゲームソフトを買って来た。何故試験前にまた、と僕は思ったが僕は僕はそのゲームをプレイしてみて、かなり面白かったからはまってしまった。そのゲームは死亡時の台詞がまた秀逸だった。〝あなたの人生は終了しました〟兄はそのゲームにまったく見向きもしなかった。

 さて、前述の通り僕は高校に落ちたが、実は兄がセンター試験に成功していた。確かセンター試験の得点が680点程度あったんだと思う。

 その途端に両親の目の色が変わったように思える。二次試験の勉強は何故か兄と父が相談して協力してやることになった。しかし、どうも進路が決まらなく、コロコロ変わっていった。京都大学九州大学京都大学九州大学と。

 兄は結局第一志望の京都大学の大学受験に失敗した。当然であろう。二次試験の内容は大学ごとに傾向が決まっている。京都大学九州大学、どちらも難易度は高い。一つに絞らずに、だらだらと二つの大学の二次試験の対策を立ててしまえば勉強がおろそかになり到底合格するわけがないのである。

 兄は、多分いつもの通り上げては落としての勝てない勝負をやらされたんだと思う。ただ、僕が驚いたのは兄は京都大学の二次試験から帰るなり、「馬鹿らしいから答えを書かなかった」と、震える声で言ったのである。僕は「兄は何を言ってるんだ、これは」と思った。「なんで答えを書かなかったんだろう」と、僕は目を見開いて驚愕したのをよく覚えている。

 その夜、兄はずっと部屋にこもり塞ぎ込んでいた。深夜、その部屋の前に母さんが立って恐ろしい金切り声で兄に言い放った。「なんで答案書いてこんかったんかね!」と。

 母さんは元々、学歴コンプレックスが強かった。短大出でいつもそれを校長先生などになじられていたそうである。また、その教師という仕事柄、当然子供がどこの大学に入学するかというのがプレッシャーにもなっていたのだと思う。

  その後、兄はもの凄い大音量でMr.Childrenという東京のバンドの音楽をひたすら部屋で流していた。僕はうるさくて眠れなかった。

 僕は両親に言った。「おい、兄ちゃんやばいだろ、なんであんな大音量で音楽を聴いているんだ?」と。その時、両親はもの凄い素の顔で僕に答えたのをよく覚えている。「音?そんな音なんてしているかな?」

 僕は家にいるのがもの凄く怖くなった。

・僕が高校受験を終えた後の川西中学校でのソフトテニス部での話。僕が野田学園への進学が決まったことを職員室に告げに行っていると古谷(ふるやと読む。なぜかふるたにではない。肌が白く、体格が大きいのが特徴)が「おっ前、山校に落ちたのかよ、バッカでー!」と言いながらひたすら笑いに笑っていた。僕は名前を書く欄が無かったことも言えず(あまりにも異常過ぎる事態であるという認識は僕自身にもあり、あまり周りの人達に言えなかったのだ)、「ああ、俺は馬鹿だからな」とただ答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

5、高校時代

・これは僕が高校時代の頃の話。僕は小学校高学年辺りから、コナンという名前の犬を祖父に飼って貰っていた。その犬は確か四国犬系統の外見をした雑種の迷い犬であり、僕が拾ってきて祖父に飼ってくれるように頼み込んだのである。

 僕が高校の二年生くらいの頃、僕の家の敷地内に入ってきた挙げ句、この犬に対して文句を言ってきた男がいた。「吠えてきてうるさい」と。当時は父と祖父、それから僕とでこの奇妙な男を追い返したのである。ただ、その男は明確にこの辺りの土地に住む人間ではないと父と祖父が当時語っていた為、僕は不安になったのをよく覚えている。

 それから、どうも父の話だと僕が大学に在籍中、家を空けている間にまた同じように犬に対して文句を言ってきた男がいたかもしれない。いまいち要領を得ない話なのだが。

 そしてこのコナンという犬は僕の大学時代に最終的には祖父の手により保健所に送られたのである。祖母はそれを少しだけ悲しんでいた。そして、その事について父は「人を噛んだり迷惑をかけた犬は処分されるのが普通」と言っていた。僕が実家にいなかった大学時代にこの家に何が起こっていたのであろうか。僕は本当に知らないので、どなたか調査をして教えて頂ければ幸いである。

・野田学園高校で同級生だった田中政旭についての話。彼はとても頭が良くまた普段より勉強もしていた為、僕の学年でもトップクラスの成績であった。実は僕はこの男には一度も勝った試しがない。ただ、彼については変な噂が流れていた。この山口市で一番レベルが高い公立高校である山口高校の受験の際、腹痛になり受験に失敗してしまったのだというものがそれである。この田中は大学受験におけるセンター試験の本番でもやはり腹痛からか失敗してしまったと聞いている。

 正直な所、彼については僕は同情を禁じ得ない。というのも、彼がいつも本番で腹痛により失敗してしまうという〝癖〟自体がアメリカなどからの操作によって植え付けられたものではないのかと想像をしてしまうからである。

 もちろんこれについても可能性の話でしかないのだが、彼が何故受験等の重要な試験の際に腹痛になってしまっていたのか、しっかりと調査をすればその証言なりの証拠にたどり着くはずである。

・高校時代の柔道部の話。宮原健太郎という顧問の先生が、田金幸子という女性部員に対して、熱心に指導をしていた。しかし、奇妙な事に宮原先生は田金という女性部員の方が怪我になっていてもさらに指導を続けていたのである。僕はそのことを不安に思い田金先輩との組み手中に「大丈夫ですか、怪我が悪化するでしょう」と何度か聞いてみたことがある。

 その際の田金先輩の解答は「もう体中ボロボロなの」と言うもので、はにかみ笑いで応えていたのが僕には印象的だった。そして、実は田金先輩の他にも森下(恐らくこの姓であったと思う。彼女は休むことも多かったので自信は無い)という女性部員の方がいたのだが、その方も怪我だらけでテーピングを常に巻いている状態であった。

 さらに異常な事には、この女性部員二人はときどきどちらも間接に関する怪我をしているのに投げあってケンカしていることがあったのである。あれは明らかに異常な光景であり、僕はハラハラしてそれを見ていた。また、渡辺という先輩も本当に悲痛な顔でその光景を眺めており「あ~あ」などと呟いていた。

・高校時代の柔道部の話。高校一年の夏休み、他の先輩方が来なくなり、相川という姓の先輩と何故かよく練習で二人きりになった。二人で練習をしていたのだが、相川という先輩は階級が重量級であり、相川先輩の大外刈りを受けた際に僕のあばら骨にヒビが入ってしまった。しかし、何故か宮原先生は僕の肋骨が治っていないにも関わらず稽古に参加させたがり、結局のところ僕は高校一年の半分程度をあばら骨にヒビが入っているまま過ごしていた。念のため言っておくが、宮原先生はおかしな先生ではないし、相川先輩も僕の事を後輩として本当に可愛がってくれた(僕に対してわざと嫌なことをしてきたことなど一度もない)。ただ、宮原先生に関しては何故かわからないのだが怪我している部員に練習をさせてしまうという困った癖があったのである。

・兄が大学時代に携帯電話や財布をよく無くしていた件について。僕の兄である原田和樹は大学1年生や2年生の頃、よく携帯電話を無くしたりしていた。当時、「飲み屋に友人と行ったらズボンの後部に入れていた財布をすられた」などと言っており、僕は単純に「やはり岡山は都会だ。怖い所だな」などと思っていたのである。

 これは2019年の初旬に父からこれについて聞いた話なのだが兄は何故か、父に「携帯電話を譲って欲しい」などと要求していたようである。これは一体なんだったんだろうか。何故兄は財布をすられたり、携帯電話をなくしていたりしていたのだろうか。これはアメリカなどからの嫌がらせの結果発生した事案なのだろうか。調査が必要な事案だと思われる。

・僕と子供の頃から仲の良かった伊藤浩平について。彼は高校時代、食品を扱うようなアルバイト先で失敗した際に気絶するまでどやしつけられた上に頭を殴られて、その衝撃から失神し倒れて救急車で運ばれるということがあったそうである。それについて伊藤は僕に「人生や仕事って厳しいんだ。そういう事が普通にあるんだぞ」と言っていた。その当時の僕としては「いくらなんでもそれは無いだろう」と思ったのだが、これについて僕はアメリカなどによる操作である可能性を疑っている。アメリカなどから標的とされた一族の人間がそのかけられた操作によって家庭が貧困状態に陥ってしまい、アルバイトをする必要に迫られるというのはよくある展開であった可能性がある。そして、大抵の場合、そのアルバイトの環境の管理役にはまたもや標的の一族の子供に対して攻撃を加えてしまうような人物が配置されていた可能性があったのである。これらの人間関係を利用してストレスを与える操作というものは実は日本の場合、正規の仕事でも存在していた可能性が極めて高いと僕は思っている。

 正規の仕事の場合、さらに操作が悪辣になってしまうのは〝転勤〟という要素まで嫌がらせとして入ってしまうからである。例えば家庭において父親が仕事の都合で転勤して家を空けるなどという状況になったとしよう。そして、その際に家庭に残されてしまった妻子に対して、語るも無残な嫌がらせがアメリカなどから入っていた可能性が高いと僕は見ているのである。

 もし仮に、そのような操作が日本に対してかけられていたとすれば、その職場における人物達の姓や住所などといった情報を統計的にまとめて考察してみた方が良い。恐らくそれで、それらの操作が本当にあったかどうか直ぐに分かってしまうと僕は思っている。どうか、そういった情報を多く集めているであろう調査機関の方々は日本における仕事やアルバイトにおける人物配置などを重点的に捜査し考察して頂きたい所存である。僕の予想ではとても奇妙で悲惨な事案が散見されることであろう。

・僕が幼稚園の時から仲の良かった幼なじみである中村悠についての話。彼が中学校高学年の頃、デザイナーをやっていた北海道出身の父の仕事が無くなってしまい家庭が荒れるという状況になっていたそうである。そして、彼は上渡りから小郡の辺りに引っ越してしまったのである。そして、僕が高校生となった頃、中村の家に遊びに行ってみたことがある。この中村という男は山口農業高校に合格したものの何故かその高校には通わなくなってしまい、部屋で遊びほうけているという話を聞いてしまったので様子を見にいったのである。

 彼は小郡の住宅地の中にある大きな家に住んでいた。そして、中村とその母親に直接会い話を聞いてみたところ、中村の部屋は不良の集まりになってしまい、中村は学校にも行かずに遊びほうけているという状況になっていたのである。そして、どうもその原因が中村の父と母が不仲になったせいであるという情報も得てしまった。

 そして、中村悠の姉とも久しぶりに会ったのである。この姉は確か名前を愛と言い、僕は昔、時々話をしていたのである。山口高校に合格し通っていたことから恐らくは彼女は頭が良かったのであろう。久しぶりに合った彼女はリビングのソファーで昼寝をしており、僕を見て起き上がり特に表情を変えずに言った。「なんだ、宏樹か」と。そして、彼女はそう言うなりまた僕の目の前でゴロンと横になり昼寝を再開し始めたのである。その辺りで僕は寝ている彼女の服装が乱れた状態であることに気づき、凄い勢いで目を逸らしてリビングから出てしまった。そうしてリビングから廊下に出た僕は、この中村の家の情報を総合して顧みて、この家がすっかり退廃してしまっていると、かなり不安に駆られてしまったことをよく覚えている。今にして思うと、この中村家の長女は、〝北海道出身である中村の父親が家から出て行ってしまい〟、中村の部屋が不良の遊び場になってしまったことによって〝眠れなくなってしまった〟のではないだろうか。

 そして、僕が家に帰ったのち、中村のお母さんからうちに電話がかかってきたのである。電話の内容は中村が僕の持っているゲームを欲しがっているということ、そしてもしよければまた中村悠と遊んで欲しいということだった。つまるところ、彼の家に来る人物がどうも不良のような人物が多かったらしく僕が通い始めれば中村も真っ当になり学校に通うようになるといった期待も中村のお母さんの言質には含まれているようであった。ただ、当時高校生であった僕からすると、放課後柔道部による活動が20時や21時まで続くといった状況で遊ぶ時間自体もあまりなくて、どうにもならなかったと記憶している。それから中村は最終的に彼の弟を虐めだした、という話を人づてに聞いてしまったのである。そして、この中村の家の長女は葬儀屋さんに就職したという話も人づてに僕は聞いている。

 この案件で気になっていることがある。この中村という家は新山口駅辺りの建築、不動産絡みの一族であるということである。中村のお母さんの家系がそういった地主系の一族であったそうであり、僕はこれまでの事案より、この家族に対してもアメリカなどから操作がかかってしまったのではないかと想像している。

・これは僕が高校在籍時に起きた出来事か、それとも大学在籍時に起きた出来事か、時期の方は定かではない。僕の家の近所にあるお寺、正法寺で火事が発生したことがあるのである。当時、奉仕作業か何かで寺に出向していた祖母がその火事によって焼死しかけたことがある。その火事自体は消防署職員の奮闘により直ぐに鎮火したものの、その後、正法寺は燃えてしまったお寺の修繕費をこの辺りの地域の人達に寄付という形で要求した。

 僕は当時はとても単純に「本当に正法寺はメチャクチャなことを言っている」と思ってしまった。奉仕作業として無償奉仕という形で参加した地域の住民が今にも焼け死んでしまうといったような火事をその監督不届きから発生させてしまった上に、火事で焼失してしまった寺院の修理費を要求した、という風にこの事案を受け取ってしまったのである。

 今にして思えば、この時に火事が起こった原因というのはなんだったのであろうか。これについては明確に捜査ができる案件である事は確かであると思う。

 

・これはそこまで記憶が定かでは無いが、僕が高校に在籍している時の話であると思う。僕の従姉妹である山本りえという女性に関する話である。この山本家の長女はソフトテニスという部活動において全国1位を取ったこともある女性なのだが、大学在籍時に出来ちゃった結婚をするという事態になっていた。確か、その結婚相手は徳山辺りの社長であったという話を聞いたような覚えがある。

 ただこの従姉妹の結婚について、僕の兄はとても悲しそうな顔で「あまりりえは幸せそうな顔をしていなかったな」と言っていたのを僕はよく覚えている。

 これまで僕の身の周りで発生していた事案や、兄の様子から、この従姉妹の早い段階の結婚についてもどうも僕はアメリカなどからの嫌がらせを疑ってしまうのである。この山本家という僕の父方の本家はもしかしてかなり悲惨な目にあってはいないだろうか。僕はその可能性が高いことをほぼほぼ確信してしまっている。

 

 

 

 

6、大学時代

・僕が大学時代に住んだアパートは安かった。家賃は3万6千円くらい。確か最初三万円という話だったのに、値段がつり上がって3万6千円になっていた(3万2千円だったかもしれない)。六畳一間、トイレと浴槽が一緒のタイプの部屋だった。山口高校の落第から野田学園という私立高校に通い続けたので僕に対してかかった学費が高いのが気になっていた。さらに、都留文科大学公立大学なのに妙に学費が高い所だという話だった。そこで選んだ部屋がここだった。僕が希望したのは大学からすぐ近くの部屋だった。これまで中学、高校と通学時間が徒歩で30分とか電車と1時間二十分とかかるのが嫌で、学校の近くに住めば楽になると思っていたのだ。

 まず初めにおばあさんの大家さんに部屋の案内をされた。僕が風呂について質問した。「へーここで風呂に入るんですね」と風呂桶を見ながら言った。そうすると大家さんはこう答えた。「汚くなるので風呂に入らないで欲しい。シャワーとかで済ませて」と大家さんは言った。僕は素直に「はい」と答えた。そうかもしれないなと一目でわかったんだと思う。だって、あの部屋の風呂桶は綺麗に使えるようには見えなかった。風呂桶の下には5cm程度の隙間が開いている。そこに汚水が流れ込めば掃除が出来ない。なんと言っても、風呂桶を動かして掃除をするだけのスペースが風呂場になかったのである。

 ここの大家さんは実は僕に嘘を付かなかったんじゃないかと僕は疑っている。この大家さんはとても良い人で、僕に対して嫌なことを一切しなかったのである。そして、確か僕の記憶の限りではこの僕が住む住居の大家であるおばあさんは僕が大学3年生の時に死んだんだ。

・これは僕の住んでいたアパートに関係する話である。この都留文科大学の目の前にあったアパートには変なことが起こっているのである。確か、このアパートの103号室に僕は住んでいたのだが、ここに住んで3ヶ月くらいした時期に、顔の前に白い布をかけた山伏のような集団が、明朝、お経のようなものを唱えながら長蛇の列をなして僕の家のドアの目の前を横切っていったのだ。僕はドアの覗き穴からこれを覗いたが、確かにその奇妙な集団は行列をなして僕の家の目の前を通っていったのである。

 それ以来、僕はちょっと不安になることが多かった。というのもそのアパートはちょっと妙なことが起こったりしたのだ。例えば、怪談が好きな宮下善太という男と家で怪談話で盛り上がっていたら、手拍子が聞こえた。そのまま手拍子が家の、僕のドアの前まで続いて止まったりしたのだ。今にして思うと、この辺りの現象は今、自分の身に起きている奇妙な現象にそっくりだ。

・僕の大学時代の友人宮下善太という人物についての話。彼は長野県出身の男で、僕に対して妙に好意的であった。「原田といると癒やされるわ」というのが彼の口癖であり、何故そう言うのかいまいち僕はわかっていなかったのである。この彼については、本当かどうか定かでは無いが、とんでもないことを口にしていたことがある。

 彼は高校時代、妹のように思っていた人物をレイプしてしまったという告白を僕の家に遊びに来た際にしてしまったのである。これを聞いて僕は驚愕に目を見開いてしまった。日本国の法律によれば強姦はれっきとした犯罪であることは確かである。それを何故僕に打ち開けてしまったのか、僕には本当にわけがわからなかったのだ。当然の事ながら彼が嘘をついていた可能性もある。確かその話をしていたときは彼と酒を飲んでいたので真偽の程は僕にはわからない。ただ、彼のあの時のあまりにも真剣な口調を顧みると、もしかして本当に彼は犯罪を犯したことを悔いていて、僕に懺悔のようなものをしてしまったのではないのであろうか。僕は何故か、人からこうした懺悔のような告白を受けることが時々あったのである。

 僕はこの話の真偽が定かでは無いと思った為、警察に届け出はしなかった。しかし、本当の所はどうだったのであろうか。

都留文科大学に入学して間もない頃、僕は彼女が欲しいと思っていたので、積極的に行こうと思っていた。ただ、そこでついてきたのが井出康平という同期の男だった。この男は長崎県出身を名乗っていたが、家がそこまで裕福では無いらしく、よく奨学金の返済について語っていた。将来は手堅く公務員になるしかないな、などと。

 この男に実を言うと、散々恋愛方面の話を振られ、煽られ、振り回された覚えがある。惚気話から始まって、メールのやり取りなどを、僕の家に入り浸ってやるようになった。

 実を言うと、この男に煽られる形で、女性関係を最初失敗してしまったことがある。

 ただ、僕がこの男についてどう考えていたのかと言えば、そこまで悪い印象でもなかったのである。漫画が好きという点で交流が出来たし僕に対して恋愛面では煽るものの、他の点ではちょっと斜に構えた所はあるなと思ったが、ごく普通の友人といった印象であった。

 この男について気にかかっているのが、この男は地元である山梨の同期達からはいまいち評判が良くなかったという事である。結局この井出という男の性格というのはどのようなものであったのだろうか。

・これは僕が大学2回生の夏休みの時、地元山口県に帰ってきて自動車の免許証を取得する際の話。

 当時、僕は小郡の自動車学校にMT車の免許を取得する為に通っていた。その小郡の自動車学校で講習を受けていた当初、僕は自身の教官と仲が良く、車の運転の指導を受けながら楽しく授業をこなしていたと思う。それで、人を乗せて運転をするという講習の際に、もの凄い僕の好みの女性と一緒になったのである。その娘の髪型はショートカットを赤系の茶色で染めており、スポーツシャツとGパンを着ているという出で立ちで活動的な女性という感じであった。

 その娘は「東京の早稲田大学に通っている」と言った。それで、僕は素直に感心してその娘に「へぇ早稲田大学に受かったってことは君は頭が良いんだな」と、その娘を素直に褒めた。すると、僕はその娘は何故か僕に対して少し好意を持ったようで、本当にちょっとだけ僕と話すようになっていった。

 その後なぜかはわからないが、僕の教官の機嫌が悪くなった。そして、どんどん僕と教官との仲は悪くなっていった。当時は、僕はその可愛い女の子は教官が狙っていた女の子だったのかなと思っていた。それでその子と僕の仲が良くなってしまい、機嫌が悪くなったのかと思っていた。だけど、この時の教官と僕が上手く行かなかった原因はなんだったのだろうか。今では僕としては疑問しかわいてこないのである。

 運転免許の最終試験時には、確か運転試験に使われた道路の交通量が少なくて、「今日は運良く車が少なくて運転の試験に受かったんだよ。君は運転が下手なんだから」と教官から言われて小郡の自動車学校を卒業した。

 僕はその教官の言葉を思いっきり真に受けてしまった。そしてそのおかげで運転には全然自信が無くなり、山口で車を運転する気もあまり起きなくなった。それで大学卒業後、山口県に帰ってくる気が起きなくなってしまったということは大きい。なんといってもその当時から山口県は車の運転が出来なければ生活することが困難な所であったからである。

・大学在籍時の夏休み、山口県で自動車を父から借りて運転するようになった時の話。当時、免許証を取得した直ぐ後の頃、父の車を借りて小郡の辺りによくドライブに行っていた。そのドライブの際、県道高架下の入り組んだ交差点(アルクの南辺り)で、対向車線から来る自動車と正面衝突の事故を起こしかけたことがある。それで、当時はもう自動車運転が向いていないので運転を辞めようと思ったのだ。

 ただ、2019年初旬、地元に帰省した後に父に聞いた所によると、どうもその辺りの地点は事故が多発していた地帯だということらしい。その辺りの箇所は道路工事が上手く行われなかった所らしく、その証拠は今でもまだ残っているようだ。その地点に後々出来た、高架の橋の下を支える支柱の左右の高さが微妙にズレてしまっているのだ。これは写真などを撮影し調べれば一目でわかることだと思われるが、この辺りの道路の仕組みはどのようになっていたのであろうか。調査を必要とする事案である。

・大学時代の友人であった佐々木寛章という男についての話。この男は北海道出身の男だったのだが、何故かよく「俺は北海道出身なんだ」という事を名言していた。そして、この男は考古学部などに入っており、積極的に活動している男であった。この男が藤田美里と大学に入った当初から付き合っており、他の女に浮気した挙げ句、藤田と別れてしまったという話を人づてに僕は聞いていた。結局彼はその浮気した女とも別れてしまったらしく、その後、僕に対して美術部に入れてくれないか、という話を持ちかけてきた。そして、美術部に入るやいなや、まるで絵を描かずに女性を物色し始めたのである。彼が一番興味関心を抱いたのは確か西村という一学年年上の女性であった。

 ただ、僕はその西村という女性には彼氏がいるということを知っていたので、彼氏がいるから辞めておけよ、という旨を佐々木に伝えると、彼は「でも一番美人だからなぁ」などと惜しそうにしており、なんだかこの佐々木という男は女性関係に対してはメチャクチャな男だなという印象を持った。逆に言えば、女性が絡まなければ普通の活動的な大学生であるという印象であった。

 また僕は北海道出身の同級生に会ったのが初めてだったので、北海道ってどういう所だと彼に聞いてみた。そうすると妙な回答が彼から返ってきたのである。

 「北海道はおかしな奴が本当に多い。ほとんどがそうなんだ」と。どういう意味かと彼に問いただすと、彼曰くどうも北海道は〝知恵遅れのような人間が多い〟というニュアンスの事を差別的意識をなるべく与えないように伝えてきたのである。僕はこれに対してはとても困惑をした。彼の言っている〝おかしな奴が本当に多い〟とは、どういう意味だったのだろうか。本当の所はどうなのだろうか。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。大学一年次の始めの頃、僕は社会学科の授業で複数人の生徒で班を編制して、ある一定のテーマについて発表をし合うという経験をしたことがある。その時に班で一緒になったのが藤田美里という女性で、僕はこの時彼女の正面の席に座り、一目見て彼女に人目惚れしてしまったのである。この班は当時の僕と友人であった山本崇弘という生徒がいたが、他にも矢倉というかなり大柄で太った生徒もいた。その矢倉という生徒が藤田に対して「エヴァにいた名前だよね、ミサトさんって。そう呼ばれなかった?」と言ってしまい、言われた当の藤田は嫌な雰囲気で顔の表情を固めてしまっており、本当に僕は藤田が可哀そうだと思った。というのもエヴァというのは僕達が中学時代に大流行したテレビアニメの「新世紀エヴァンゲリオン」の省略形で、その中に登場するミサトというキャラクターと彼女は同じ名前をしているのだ。ちなみにそのアニメに登場したキャラクターは爛れた性関係を作中で披露しているのである。そして、そのアニメというのは1995年辺りに僕たちの世代の若者に大流行したアニメである。このエヴァンゲリオンというアニメは僕たちの世代の間では本当に大流行していたので、まず、こういった「同じ名前だよね」といった展開を彼女が避けることは出来なかったというのはほぼ間違いがない。

 この矢倉という生徒に悪気があったかどうかは僕にはわからない。というのも、この矢倉という生徒は大柄な体格のわりに人格のほうは温厚な方であり、その時の発言もそこまで悪意があったような感じもしなかった。

 ただ、この時の彼女の反応を見る限りでは、彼女がその件でこれまで何度もからかわれたりした可能性が高いと僕は思うし、それによって心的外傷を与えられていた可能性がとても高いと思う。そして、実はそれを利用してアメリカなどが藤田を操作していた可能性があると思う。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。大学二年次の辺りに、僕は社会学科の授業で同じグループに所属していた藤田という女性に告白して付き合ったことがある。この藤田という女性は妙な所がある女性であった。まず髪の色が赤系の茶色なのである。それ自体は僕は美しいとは思っていたけれども、彼女はよく「髪が痛んで荒れてしまうのよ」と言っていた。だから僕は彼女と会う前には体を必ず洗い、手を清潔にした状態で彼女の髪に触るようにしていたが、ふと疑問に思いこう言ってみたことがある。「髪を染めるから髪が傷むんだと思うよ。黒髪にしてみたら?」と。そうすると、彼女は激烈な反応を示し何度もこう連呼した。「絶対やだ!絶対やだ!絶対やだ!」と。何故、彼女は赤色の髪にすることにこだわっていたのだろうか。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。この娘の大学在籍以前の話。僕はこの娘の過去に関する話を本人から聞いたことがある。どうもこの藤田という女性は学生寮にいつも入っていたようなことを言っていた。両親はお見合い結婚ということらしく、彼女の話を総合すると、どうも彼女はお嬢様ということらしい。家では彼女は親から「みーちゃん」と呼ばれていたそうである。

 また彼女は中学時代に新体操部に入っていたそうである。本人が言うにはその新体操部は「とても厳しい女の先輩がいて、とても怖かった」ということであった。

 高校時代のプリクラを見せて貰ったことがあるが、きついミニスカートを履いた藤田が友人と共に写っており、高校時代は開放的に街で遊んで暮らしていたのだな、ということがうかがい知れた。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。この女性には変わった好みを持っており、「家具をFrancfrancのモノで揃えたい」などど言った言動をすることから、僕の両親と同じように西洋趣味にかなり嗜好が偏っていた。

 そして実際に彼女と東京の都市部に行き、Francfrancが置いてある家具屋を探し回ったことがあった。そういったエピソードを経て、僕は彼女が西洋的なモノを好むと学習していった。そして僕は彼女の誕生日にティファニーのネックレスをプレゼントした。そのお返しに彼女は僕の誕生日にポールスミスの財布をプレゼントしてくれたのである。

 また、この西洋趣味のようなモノでちょっとおかしなエピソードがある。僕が彼女に対して、「何か美里の手料理を食べてみたいな」と言うと、ラザニアを作って出してきたのである。僕は少し面食らった。僕が食べたいと言っていたのは普通の日本料理のようなものであり、アメリカの伝統料理であるラザニアなどではまるで無かったのだ。

 そして僕が彼女が作ったラザニアをしぶしぶ食べてみると、彼女は「おいしい?」と聞いてきた。僕は「ああ、まぁ、普通に旨いよ」と戸惑いながら答えてしまった。当然である。「ミートソースとチーズを使う時点でこの料理は誰が作っても同じような味になる。これを不味く作ることは難しい」と僕は思ってしまったからだ。

 そうすると、その僕の発話を受けて彼女はとんでもないことを言い出したのである。「不味いって言ったら怒っちゃう所だったよ!」と。彼女はその時顔を真っ赤にしながら膨れっ面でそう言っており、僕は「ああ、まぁなんかこいつ美人だし、俺は顔も良くないし対等でもないよな。不味いと言う権利もないか」と思って「ああ、普通に旨い」と繰り返し答えていた。

 また、彼女は西洋趣味を徹底していたのか、こんなエピソードもある。彼女が「大きな花火が好きだ」というので夏祭りに一緒に行ってみたことがある。僕は花火というものを鑑賞して美しいと思うこと自体がまるで昆虫のような原始的な性質に思えてあまり好ましくはなかった。だが、彼女が行きたいと言うのならと祭りに向かうと彼女が普段着で出てきてこう言った。「浴衣、着てこれなくてごめんね」と。僕は、少しだけ浴衣姿の美里を見てみたくはあったのだが、まぁ彼女が面倒臭がったのだろうと思い、そのまま二人で祭りの中を連れ立って歩いていた。

 彼女が花火を見て僕の隣りで「花火大きいね、綺麗だね」などと言ってきたので、僕は「俺はお前見てる方がいいよ」と普通に答えると、彼女はもの凄いむくれっ面をしていた。そして僕はそのむくれっ面を見て、「ああ、なんだか機嫌悪くなっちゃったな、上手くいかないもんだ」などと思っていた。

 僕からすると彼女はとても謎の多い女性であった。何か僕に対してとても気を遣っていた、というか、妙な壁を感じたのである。実は彼女とは佐々木という前述した男が付き合っていたことがあるのだが、「藤田ってわがままじゃね?」ということを彼が僕に言ってきたことがある。僕は彼の言っていることがよく分からなかった「藤田がわがままだ」と感じたことは全然ないと言い切ることが出来る。ただ、彼女はどうも僕に対して男気を試すような事を言ったりだとか、そういった妙な癖があったのは確かであった。そしてその中で一番僕が参ったのが彼女が僕の名前を呼ばずに「原田」と名字で呼んでいたことである。これに対して僕は以前彼女が付き合っていた佐々木寛章という男の名前が僕の名前とよく似ているので呼び間違えることを恐れて名字で呼んでいるんだろうと思い、特に文句も言わなかった。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。この女性と共に僕は山梨県富士急ハイランドという遊園地に初デートで行ってみたことがある。彼女は高いジェットコースターが好きで一緒に乗ったりした。また、彼女は何故か自身の写真を撮ることを極端に嫌がっており、写真を撮ろうとすると奇妙な顔をしてしまうという困った癖を持っており、僕も「そこまで嫌がるなら」と、写真を一枚も撮ったことがなかった。そもそも彼女の写真というのは高校時代の彼女のプリントクラブで撮影したのであろうとても小さな写真以外、一切見た事も無かったのである。

 彼女は、この遊園地内で「〝プリクラ〟なら撮ってもいいよ」と言いだし、二人でプリントクラブを撮ったことがある。ただ何故かこの子はやはり奇妙な顔でプリクラに写っており、僕は少しだけ残念ではあった。

 この日のデートはとても良い感じで、藤田は「頑張ってスカート履いてきた」などと顔を赤らめながら言っており、僕はドキドキしていた。ただ、このデートの帰りの富士急の電車内で奇妙な事が起こったのである。

 僕たちの前の席に座っていた赤ら顔の老人が僕に話しかけてきた。その際の彼の言葉があまりにも奇妙すぎて僕は完全に覚えてしまっている。「天狗じゃ。天狗がおる。知っておるか?天狗のちんこの先は赤いのよ」と。僕はあまりにも彼の言っていることが奇妙すぎて怒るかどうか本気で迷ってしまった。これがもし普通に絡まれたのであれば喧嘩でもなんでもしたのであろうが、どうもそういうわけでも無さそうだったのだ。

 後ほどその男は次の乗車駅で降りていったのだが、彼女に対して「なんだ、あの酔っ払いは。俺、ちょっと意味不明すぎて切れそうだったわ」と言うと彼女はどうも何かに失望したような固まった顔で「そうなんだ」と下を向いて言っていた。僕はそれを見て、「ああ、やっぱり怒ってあの酔っ払いと殴り合いでもした方が良かったんだろうか」と意気消沈してしまい、僕と彼女の始めてのデートは最悪の印象で終わってしまったのである。

 その後、僕は藤田とあまり外に出なくなってしまった。彼女は僕に対して「外に出るのが好きなの」などと言っており、僕を外でのデートに誘うようなことをしていた。ただ、僕はこのような奇妙な出来事に遭遇して、無意識裏に彼女と外出することを避けていたのかもしれない。その後は何度か東京や千葉に遊びに行った程度だった。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。この子は大学二年の夏休み、地元山形県に帰省した際に高校時代の友人達と海によく遊びに行っていたそうである。ただ、その海に行った際の彼女の話がとても変わっていたのである。彼女に僕が「ああ海で泳いだんだ」と言うと、「無理無理、絶対に私は水着とか着ない。普通にシャツとか着て浜辺を歩いたりしているだけ」などという事を言っていた。海に行けば水着に着替えて泳ぐのが普通だと僕は思ったので、「ああ、山形って、やっぱり東北だから夏でも寒くて海に入れないんだ?」と聞くと「いやいや、山形って夏はちゃんと暑いんだよ!」などと言っており、僕は彼女の言っていることが意味不明であった。海で泳ぎもしないのに、友人達と会って浜辺を歩く。それはいったいどういった事態なのだろう、と。いったい友人達と彼女は何をしていたのであろう、と。

 また彼女は山形県から帰省してくるなり、僕に対して「高校時代の友人の一人に付き合わないか?」と誘われたと言いだし始めた。僕はそれを聞いて実の所少し焦ってしまった。僕は彼女と付き合っていたものの、その夏休みはアパートの一室で本当にひたすら漫画の勉強をしていたので、夏休み中彼女を放置しているような状況になってしまっていたのだ。

 この彼女の帰省に関しては僕は妙だな、と思ったことがある。彼女は地元から大学へ帰ってきた際に明確に体重が増加しており、太ってしまっていたのである。

 今にして思うと、彼女が地元に帰っていた際に、彼女に対して何かストレスがかかるような事象が起きていたのであろうか。また、何か食事に対して無理強いされるような事態が発生していなかっただろうか。僕はその可能性を疑っているのである。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。実を言うと、僕はこの娘と付き合っていながら、この娘の裸をまともに見たことがない。「何を言っているんだろう」と、この文章を読んでいる方は思うかもしれないが、本当の事なのである。

 彼女が僕と付き合った当初、僕は彼女に対してこのようなことを聞いてみたことがある。「しかし、何故お前は俺と付き合うのを了承したんだ?」と。僕は彼女のような美人な女性が僕のような醜男付き合っているのが、単純にとても不思議だったのである。

 彼女は僕の疑問に対して笑みを浮かべながらこう答えたのである。「私、眼鏡の男の子が好きなの」と。

 僕はその彼女の回答により、疑心暗鬼になっていたのである。彼女が好きなのは僕の眼鏡であって、僕ではないのではないのかと。そう考えると、僕は何か不安に駆られてしまうような気持ちになってしまったのである。

 また、彼女は実を言うと僕が告白したときに「付き合ってもいいよ」と言っただけで僕のことを好きとは言ったことがないのである。ただ、しばしば彼女は僕に対してこう言った。「ねぇ、私のこと好きだって言ってみて」と。そう言われると僕は羞恥心に襲われながら頑張って彼女に好きであることを告げるのだが、彼女の方から僕の事を好きだと言ったことは一度もないのである。また、彼女に対して僕の大学内で女性関係において悪名をとどろかせていた佐々木について、僕が悪く言うと、彼女は決まって佐々木の事を庇った。その庇い方が非常に奇妙なのが鼻についたのである。「佐々木の事を悪く言わないで」と。藤田は佐々木の事を必死に庇っているというよりは、彼の悪口を言うこと自体が憚られるといった感じの発話を繰り返していたのである。僕には何故彼女が彼に浮気された上に捨てられたのにも関わらず恨んでもいないんだろうと、非常に不思議に思っていた。

 そして彼女とのセックスの際に僕は眼鏡を外すようになった。というのも、何かここで眼鏡を外さないと僕は彼女に愛されてはいないのではないかという脅迫観念に襲われていたのである。また、彼女が異常なまでの恥ずかしがり屋だというのも、僕が彼女を見てはいけないのではないかという感情に拍車をかけた。その結果、まともに照明もついていない非常に薄暗い部屋の中、僕は眼鏡をかけずに彼女とセックスをするのが常となったのである。

 今にして思うのが、彼女は僕についてどう思っていたのであろうか。僕にはそれすらよく分からないのである。

 ・都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。この女性に関してとても奇妙だと思った点が、彼女が性的に成熟しすぎていたことであった。

 一般的な18歳、19歳の女子にしては、性的に過激すぎると思われる発話をする傾向があり、「高校時代の制服があるの、コスプレしてエッチしてみる?」などと言ってきたことがあった。僕はそれを言われて彼女に対して真面目に怒ってしまったのである。「その制服はお前の高校時代の思い出が詰まったものだろう。それを売り渡すようなことをするんじゃない。男にそこまで媚びを売る必要なんてないじゃないか、何故そこまでするんだ」と。彼女は何かそれを受けてびっくりしたような顔をしていたのだが、もしかしてこれまで藤田と付き合っていた男性は藤田に対してそのような事をしていたのだろうかと僕は疑ってしまった。また、これに止まらず彼女はセックスに関して、よく分からないことを僕に言うことがあった。「私、手とか縛られたり、目隠しをしてエッチするのが好きだよ」という事や「スパッツとか好き?履いてきてエッチしよっか」「アナルセックスをしたという友人がいたの。原田は興味がある?」「私、無理矢理突然にディープキスをされるのが好きなの」「高校時代、痴漢に頻繁にあっていた」などなど。

  何故彼女はこのような事を僕に言ってきていたのであろうか。

 また、実際のセックスに関しても彼女は異常に練達していた様子であった。まず、僕が口腔性交を要求すると、しぶしぶといった感じでやってくれるのだがその口腔性交の際にカリ首の裏側に対して軽くかするように前歯を当ててくるのである。あまりの刺激の強さに僕は弱々しく「も、もう良いから、大丈夫」と言って彼女に口を離して貰ったりしていた。

 さらに、彼女は性交に及ぶ前に〝とても高い温度のシャワーで膣を熱してくる〟という奇妙極まりない事を行う習慣を持っており、僕はその癖に困惑のしきりという有様であった。

 彼女のセックスがまた異常であった。彼女は屈曲位以外の体位は好きでは無く、僕が正常位に持ち込むと「うにゃ」という猫の鳴き真似をして(これは余談ではあるが、彼女は何故か、よく猫の鳴き真似のような発話をしていたのである)屈曲位に体位を変更するのである。彼女はときおり、僕に対して「せめて10分くらいは持ってね」などと、のたまうこともあり、彼女自身の性交渉に関する熟達ぶりを伺わせていた。

 さらに異常なのが、一度彼女との性交渉が終わり僕がもう一度続けて性交渉をしたい旨を告げると、彼女はまたシャワーに行き膣を熱してくるのである。これは彼女が持つ本当に訳の分からない癖であった。

 さらにこれに関しては本当になんなんだと思ったのが、僕は彼女に対して僕の部屋で性交渉に及んだ際に騎乗位をして欲しいと頼んでみたことがある。彼女はそれをしてくれたのだが、その性交渉の間中、僕の部屋をなめ回すように不安げな表情で眺めていたのである。まるで、僕に性交渉の盗撮をされているという可能性を疑っているかのように僕には見えた。彼女は普段写真を撮られることを極端に嫌がるという性質を持っていたのだが、それと何か関連があるのだろうかと僕は疑わしくなってしまった。

 また、彼女には他にもとても奇妙な癖があった。それはセックスを開始する時間である。僕は夕食を食べると直ぐに藤田とセックスを開始して、すぐに寝るという生活習慣を望んでいたのだが、彼女は深夜0時を過ぎるまで、僕にセックスをさせなかった。大抵の場合はセックスが始まるのが午前2時とか3時の辺りで、性交渉が終了すると午前4時を過ぎているのである。

 ただ、この際に奇妙なのが、夕食が終わった際に、彼女は僕とセックスはしたくなかったようなのだが、僕の体には始終触っていたのである。その際に僕の陰茎に対して下着越しに爪で立てるなどといったことをしており、まるで僕の性欲を煽っているようであった。ただ、ある日、そのような事を彼女が僕に対してしていると奇妙な事が起こったのである。彼女が僕の陰茎をいじっている際に、彼女は間違えて僕のトランクスのチャック部分より手を滑らせてトランクス内部に手を差し込んでしまい、僕の性器を触ってしまったのである。「うわっ!」という本当に驚いた声と共に彼女は僕の股間から手を離し、「何これ、下着に穴が空いている・・・」と呟いたのである。僕はそれに対して強烈な違和感を覚えた。彼女のその異常な性交渉の練達具合から推察するに、男性の下着に小便をする際の穴が空いていることくらいは当然知っていると思ってしまったのである。何故、彼女はこの時までこのことを知らなかったのだろうか。その時の彼女の反応は演技では絶対になかったと僕は思う。

 また、ある日、性交渉が終わったのちに僕があまりの眠さから眠りに付くと、彼女はとても悲しそうな顔でぼそりと呟いたのである。「男の人って、エッチが終わるとすぐ寝ちゃうよね」と。

 僕はそれを聞いて、なんとなく美里のことを不憫に思い、性交渉が終わった後は、決まってアパートの外にジュースを買いに行く癖が付いた。そして、彼女の部屋で彼女とジュースを飲みながら談笑した後に睡眠を取るようになってしまったのである。その結果、寝入る時間が朝5時くらいとなり、あまりにも不健康な生活習慣が身についてしまったように今となっては思ってしまう。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。この藤田が住んでいた女子寮には奇妙な所があったようである。藤田は僕と付き合って半年ばかり経過した辺りの夜に僕にこう言ったのである。「貴方が居ないとき、夜の音、上の階凄いんだよ?周りだって・・・」と。どうも彼女自身が住む女子寮の騒音に対して含みのある発話をしていたのである。ただ、僕が妙だなと思ったのが、僕が彼女の部屋に訪れている時はそんな騒音は周囲の部屋から聞こえていなかったのである。

 また、彼女には非常に奇妙な癖があった。彼女はときどきMr.Childrenという東京のバンドの音楽を床に座り込んでCDプレイヤーにヘッドフォンを繋ぎ、そのヘッドフォンを耳に一生懸命当てながら聴くという癖があったのである。その様子は僕の目にはちょっと奇妙に映ってしまった。そのMr.Childrenというバンドの音楽を聴きながら彼女は涙ぐんでいたからである。「いっつもこれを聞いているの」と彼女は僕に対して言っていた。

 僕はそう述べている際の彼女の顔面の形相がかなり深刻な心的外傷を孕んでいる気がして怖かった。僕はなぜだか、受験に失敗した兄がとんでもない大音量でMr.Childrenというバンドの音楽を延々と聴いていたのを思い出してしまった。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。僕が大学3年の時、藤田が僕に「凄い可愛い子が常磐君の事を好きだから紹介して上げて縁を取り持って欲しい」と、言ってきた。この常磐という男はファミリーレストランで働いている男で、背は低いものののなかなかに眉目秀麗な男で僕はそこそここの男と交流があったが、彼は部屋の中に大きな神棚を置いているという変わった信心を持っている男で、新興宗教に家族ぐるみではまっているという噂があった。

 藤田に対して僕は「凄い可愛い子というのは本当なんだな?」と二度三度確認し、面子を頑張って集めて、擬似的な合同コンパ(以下合コン)を開催するというやり口でこの藤田が可愛いと主張する女性と常磐を引き合わせたのである。

 いざ、飲み屋で合コンを開いてみると、その藤田が可愛いと主張していた女の子はとても太っている女性であった。僕は常磐にトイレに呼び出された。二人でトイレに行くと常磐がこう告げてきた。「あの女は俺のバイト先のファミリーレストランに現れる、俺のストーカーだ」と。僕は常磐にとにかく平謝りをした。可愛い子ということであれば、常磐はお付き合いを断るにしても悪い気はしないだろうと踏んで僕はこの合コンを開催していたのである。僕は常磐に対して飲み会の費用を一切払う必要はないことを告げた。

 そして、飲み会の席に帰ると、僕は藤田の足をテーブルの下で軽く踏みつけていた。さすがに話が違いすぎて僕は藤田に対して腹が立ってしまったのである。藤田はふざけながら「痛い痛い」などとのたまっており、僕は藤田は何故こんなことをしたのだろうと、かなり疑問に思っていた。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。藤田と付き合って1年にも満たない内に、僕は藤田美里と極力会わないようにしていた。それは僕が将来漫画家を志して勉強していた為でだった。僕は日本の漫画産業のレベルの高さが本当にわかっていたので、漫画の勉強が大学卒業までに間に合わないことも薄々わかっていた。学生時代のうちにもっと基礎的な勉強をしないと将来碌なことにならないのは痛感していた。

 そのうち僕は藤田と別れたいと思うようになっていた。このまま藤田と付き合っていても、恐らくはしばらく僕は漫画でお金を稼ぐこともできずに、卒業後は藤田に経済的に依存するようになってしまうだろうと予測していたからである。

 そう考えながら久しぶりに藤田の部屋を訪れた際の話である。藤田と藤田の部屋で会話をしていると、そこに佐々木という昔藤田と付き合っていた北海道出身の男が、藤田の部屋を訪れて自転車を借りに来たのである。何か〝今までもそれをやっていましたよ〟という雰囲気で佐々木が藤田の部屋に強引に入ろうとしている会話が藤田の部屋にいる僕の耳に聞こえてきた。そして、藤田が佐々木に対して「いま、原田が来ているから」と、小声で答えてかなり頑張って佐々木を追い返していたのである。

 佐々木が藤田の部屋を出て行った後、僕はもう、この展開がなんなのかなどと藤田にあまり尋ねなかった。もう良いかなと思っていた。僕は自身の将来性に対する展望の無さから藤田とかなり距離を置いていたし「まぁ浮気くらいするかな」と納得もした。

 その後、僕は藤田と別れたのである。彼女と別れる際に僕は一つの約束をした。「もし35歳くらいになって、お互いどうしようもなくなっていたらその時は結婚しよう」と。何故、僕が彼女に対してそのような事を言ってしまったのか、僕にはわからない。ただ、自身の人生が何か時々唐突に破滅的な流れに巻き込まれてしまうことには何となく気づいていたし、また、自身の将来が破滅的なモノになるという謎の確信も僕はその当時にはしっかりと持っていたのである。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。2011年、3月11日の大地震の際、心配のあまり、この藤田という女性に電話をかけてしまったことがある。大学卒業時に彼女の進路を聴いてみた所、彼女は〝宮城県で働く予定である〟という旨を僕に告げていた。いざ電話をしてみると、藤田が電話に出た。その時の藤田の声はとても低くなっているように僕には感じられた。そして、藤田と話してみると藤田は現在東京の方に住んでいるということらしく、恵比寿の眼鏡屋に勤めているということを僕に告げてきた。僕が冗談で、お前その店でセクハラにでも遭ってるんじゃないか、と聴いてみると、「遭ってるよー!セクハラにはいつも遭っている!」と不満げに答えてきた。

 この話を聞いて、僕は後にかなり奇妙な印象を抱いてしまったのである。そもそも藤田が勤務しているのは眼鏡屋であるとのことであった。何故セクハラが発生してしまうのであろうか。また、彼女は前述した通り、高校時代にも頻繁に痴漢に遭っていたようなのである(山形県は女性が頻繁に痴漢に遭ってしまうような環境なのだろうか。例えば通学時に電車が満員になる程の人口が藤田が学校に通っていた際にいたのであろうか。また、彼女は高校時代女子寮に暮らしていたと供述していたが、そもそも電車などに乗っていたのであろうか)。

 この藤田という女性に対して今僕が思うのが、この娘はひょっとしてアメリカなどの勢力から嫌がらせにあっていたのではないのだろうかという事である。大学時代の彼女の言動や周囲の人間関係などを省みても、どうも怪しげな事案が多すぎるのである。この娘に対しては調査が必要なのではないのかと僕は思っている。ひょっとすると彼女は、アメリカなどから操作をかけれらてしまい、語るのも憚られるといったような恐ろしくも醜悪な事態に落とし入れられたのではないか。そのように僕は考えているのである。

都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。ここからは大学時代の話でも無く少し時系列が前後してしまうが、ここにまとめるのがふさわしいと思うのでここに書いておく。

 実はこの藤田という女性に顔、体型、声、仕草、全てがそっくりのジュニアアイドルが2010年辺りにデビューしているのである。芸名は優希みなみ。デビュー時の年齢は16歳という触れ込みであった。実は僕は大学卒業後、この娘が撮影されているイメージビデオを何本か見てしまっている。僕が注目したのは、このジュニアアイドル(グラビアアイドルというのが適切か)のデビュー当初の作品で見て取れる腹部の黒い痣である。この女性の臍の下には黒い痣が付いている。この部分の痣に関して僕は思う所があったのである。というのも、実は藤田の体には、この辺りの部位に大きな黒いほくろがあったのである。この大きなほくろを切除した跡が、この腹部の黒い痣なのではないかと、僕は思わず想像してしまったのである。そのくらいこのグラビアアイドルは藤田美里本人に酷似しているのである。

 また、2019年にグラビアアイドルが伝説少女という名前の写真集を出している事に気がつき、それを僕は購入した。中身をみてみると、やはり大学時代の彼女そのままの写真が多く、僕は戸惑いを覚えたが、その中の一枚の写真にかなり動揺をさせられたのである。それは、白い熊のぬいぐるみと共に彼女が写っている写真である。この熊のぬいぐるみに僕は見覚えがあった。大学時代の彼女はぬいぐるみを集めるのが趣味とのことで、ドラえもんのぬいぐるみなどを持っていたのだが、この写真に写っている熊のぬいぐるみは彼女が所有していた物と同じ物なのではないのかという疑いを僕は持ったのである。当時の彼女の部屋に置いてあったぬいぐるみについて僕は撮影を行っていないので当然確証はない。ただ僕の記憶の限りでは、彼女が熊のぬいぐるみを持っていたのは確かではあるし、そのぬいぐるみの色についてもこの白色であったような気がしてならないのである。

 そしてさらに奇妙なことにはこのような藤田に外観、仕草が非常に似通った〝そっくりさん〟は何度か登場していることである。例えば、朝までいっぱいHしよっ♥vol.10に出演している坂上美優などは藤田に非常に似通っている。特にパッケージの写真が大学時代の彼女にあまりにも似通っており、僕は困惑させられたのである(ちなみに、動画の中身をみてみると、この娘についてはそこまで藤田に似てもいないことがわかった)。

 また美谷朱里というAV女優が2017年7月周辺にデビューしているのだが、この娘も非常に藤田に似通った人物である。特に〝美谷朱里〟という芸名が藤田を微妙に連想させるようなアナグラムを持っており、僕はかなり注目してしまった。藤田と仕草まで似ていると感じたのが〝唾液を絡ませ自ら腰を振る。素顔丸出し一泊旅行。「おじさんの魅力に目覚めました編」 〟の冒頭、自動車に乗っている最中に口元に手をやる仕草がそれである。この時の彼女は本当に大学時代に僕が付き合っていた藤田そっくりであり、僕は困惑の極みといった様相でこの動画を視聴してしまったのである。

 この僕と付き合ったことのある女性に、外観、声、仕草等似通った人物がイメージビデオやアダルトビデオに出演しているという現象はいったい何なのであろうか。この異常な事態に僕は非常に困惑してしまったのである。

 もしかして、と僕が疑っているのは、もしかしてこのような事態はひょっとすると日本においては一般的なモノであったのではないのかということである。アメリカが標的とした地域の人間に対して行う、一般的な操作がこのようなモノであったのではないかと僕は疑っているのである。

 つまり、標的が学生時代に付き合っていた女性を性産業におとしいれ、そのアダルトビデオなどを制作する。そして、標的に対して遠回しに誘導を行いそれを視聴させることで、標的となる人物が勉強や労働などをする際の集中力を奪いに行くなどといった下劣な意図を、僕はこの件に関しては考えてしまうのである。

 この件に関しては徹底した調査が必要であることを僕は明記しておく。というのも、僕の身にこのような異常な事態が発生したものの、僕はこのような事が僕以外の人間にもなされていたのではないかということを疑っているからである。そう、日本の異常に発達していたアダルトビデオ産業が、アメリカが標的とした地域の人間に対する攻撃に使用されていたのではないかと、僕がこれまで集めた情報により推察しているのである。

 ・都留文科大学在籍時に僕が一目惚れをして告白して付き合った藤田美里という女性の話。僕はこの娘と、「もし35歳くらいになって、お互いどうしようもなくなっていたらその時は結婚しよう」という約束をしていた。その為、僕は35歳になったおりこの娘に連絡をしている。僕の人生というのがどちらかといえば〝どうしようもない〟と表現出来る状態であったからである。

 都留文科大学の同窓会窓口を経由して、彼女と連絡を取ってみたところ、「一年半前に九州の男と結婚をした」という旨を告げてきた。どうやら彼女の側は〝どうしようもない〟状況でもないようであった。

 彼女にこの文章を読ませてみたところ、「ビデオの女優さんは私じゃないから」「大学時代に私が貴方に関して嫌な思いをさせてしまったのは、アメリカとは関係がない」などといったことをメールにて僕に指摘してきた。ただ、僕はそれについてもかなり真偽の程を疑ってしまっている。特に優希みなみについては、あまりにも藤田に似通ってしまっているのである。

 

 また藤田はそのメールによる指摘の中で「自分に関する性的表現がある文章にフルネームが載っていることは抵抗があるので、もしこれをweb上にあげているのなら名前を載せるのは辞めて欲しい」という旨も告げてきている。ただ、僕はこれに関してはもう既に内閣府に対してこの内容を明記したメールを送ってしまったので、名前の記載を後から辞めても無意味なことを彼女に伝えた。すると彼女からの返信は無くなったので、恐らくこれについては記載を了解したという前提で僕は自身の活動を続けようと思っている。というのも、僕としては結局のところ、〝僕の主観で正しく情報を残す〟ということを徹底する以外には僕にはやりようがないと思っているのである。

・母のピアノの先生である荻野先生についての話。僕は2歳の時より母のピアノの師である荻野という先生にピアノを習っていたのである。また、兄も同じくこの先生にピアノを習っていたのであるが、この荻野先生の教室ではどうやら劣等生であったようだ。僕はそこまでこの先生に叱られてはいないものの、兄はこの先生よりかなり激しい指導を受けていたようである。

 その僕と兄が幼少時にピアノの指導をしてくださった荻野先生が僕の大学時代に東京の多摩川沿いのマンションに移り住んでいたのである。そして、一度その荻野先生の住んでいるマンションの一室にお呼ばれされた事があるのである。

 僕はまず都留文科大学から東京の多摩に向かい電車に乗り込んだ。しかし、中央線の大月辺りで大雨により電車が止まってしまったのである。僕は困惑し、荻野先生に電車の遅延により約束の時間に遅れてしまうという旨を伝えた。

 かなり遅れる形で、東京の多摩川沿いにある荻野先生のマンションの部屋を訪れることができた。マンションには荻野先生と、その当時の山口大学の教授である夫にあたる初老の男性がいらっしゃった。

 その日、僕は荻野先生のお宅で夕食をご馳走していただいた。それは、かなり美味しい和食であったものの、夕食後に僕は気分が悪くなってしまった。荻野先生の家のトイレに駆け込んで食べたものを嘔吐いて吐き出した。その僕の様子を見て、夫妻は恐らくは夕食の味噌汁の中に入っていた貝が当たったのであろうという話をしていたのである。そして荻野先生はこの事案について妙な事を呟いていたのである。「変ね、この貝は私の家で定期的に取り寄せているもので、当たったことなど今までないのに」と。

 この件に関して、僕は少し疑っていることがある。この荻野という先生は果たしてどういう人だったのかと。僕がよく関わっていたのが記憶も定かでは無い幼少時の頃の話で、いまいち印象が薄いのである。僕が少し疑っているのが、この人は僕や僕の兄、そして僕の母、僕の祖父母に対して、嫌がらせをかけ続けていたのではないかということである。どうもピアノに関する話を総合してみると、〝日本人がピアノを弾く〟という行為自体が、あくまでも東日本ないしは白色人種の優秀さを認める為の示威行為であって、音楽そのものの美しさを味わうといった意味はまるでないように見えるからである。勿論この件に関しては僕がその可能性があることを疑っているだけという話ではある。

 ただ、この先生が教えていた生徒の居住区が山地であったか平地であったかだとか、名字の起源が東日本であっただとか、そしてどの生徒がピアニストとして成功したのか、などなど。そのような事を調べ上げてリスト化すると奇妙な傾向が現れてしまうのではないかと僕は類推しているのである。

・僕が大学時代に所属していた映画サークル〝シネマファクトリー〟の後輩であった野路沙織という女性についての話。僕は大学時代の3年終わりよりシネマファクトリーという映画制作サークルに出入りするようになっている。恐らくは僕は藤田と別れてから人寂しくなってしまったのだろう。その映画制作サークルに野路沙織という女性が入部してきた。彼女は長野県出身の女性であり、一般的には腐女子と呼ばれるような性癖を持つ女性であった。

 彼女は絵がかなり上手であったことから、僕とすぐに打ち解け仲良くなった。そして、彼女と色々話をしていくうちに、彼女の家庭には少し変わった所があることがわかった。彼女の父親というのが理系の技術者であり日本で働くのが嫌になり中国に渡って働いているということであった。その父の不在の寂しさを埋める為か、野路はかなり変わった異性関係を構築している女性であった。高校時代にインターネット上のチャットサイトで知り合った〝社長〟という人物と大学在籍時に交際をしていたのである。僕はこの話を聞いて、まず〝それは一般的には援助交際と言うのでは無いか〟と疑ってしまった。そして、その少し後に、彼女はこの〝社長〟と言う人物が結婚を申し込んできたという話を僕にし始めたのである。僕はその時にこの話に対して「辞めといた方が良いんじゃないか」という話をしていたのを覚えている。一般的に言えば高校生に手を出す金持ちの中年の男というのがいまいち信用出来なかったからである。野路はどうやらこの男との縁談を断ったようであるが、どうも野路は性的に奔放な性質を持っていたらしく、その後も複数の男と付き合うなどしていたようである。僕はこの子の事が嫌いではなかった。ただ、どちらかといえば女性と言うよりも可愛い後輩といった印象を持っており、女性の友人であるという認識であった。もっとも野路の方と言えば、僕に対してちょっとだけ好意を持っていたように感じたのだが。

 この野路という僕の後輩は大学卒業後、東京の印刷会社に就職したと言っていたが、どうもその印刷会社が妙な所であったらしい。かなり多忙な会社であったらしく、野路がその職務の過酷さから退職したいとの旨を伝えても退職をさせてくれなかったそうである。野路の部屋までその会社の男が無理矢理押しかけてくるといった事態にまで状況が悪化していっていたらしく、僕はちょっと彼女のことを心配もしていた。

 ただ、僕が驚愕したのが、大学卒業後のタイミングでこの野路という女性に極めて容姿が酷似した女性が出演しているアダルトビデオを発見してしまったことである。plumというメーカーの素人援交生中出し 9に出演する女性がそれであり、あまりにも顔立ちや体型が似ていることから僕はかなり困惑したのを覚えている。

 最終的にはこの野路という後輩は青森県の男性の家に嫁いでいったようで、連絡もしなくなっていった。ただ、その時期にもかなり奇妙な事が僕の身の周りで起こっている。この野路にそっくりな顔立ちの女性が僕がその後過ごすことになる名古屋のアパートのすぐ近くで働き始めてしまうのである。その野路にそっくりな女性が働いていた店というのは愛知県名古屋市中区大須1丁目30-54に存在するローソン大須一丁目店であるのだが、その野路にそっくりな女性のネームプレートを見た所、中国人の姓が書いてあった。

 僕はこの野路そっくりの店員に対して、とても奇妙な印象を受けながらも、ごく普通にこのローソンを利用していた。

 その後、青森県の男性の家に嫁いでいった野路がわずか一年かそこらで離婚をしてしまったという話を聞いた。野路本人から僕の元に連絡が来たのである。そして野路は「東京で仕事が見つからない、仕事を手伝うので給料を頂けないか」という旨を伝えてきたのである。

 ただ、当時は僕はちょうど自身の仕事に対して行き詰まりを感じている時期であった。また、彼女が青森県の男と離婚をしてすぐに僕の元に積極的に接触してきていると感じ、何か妙な雰囲気も感じてしまった。時々僕は猛烈に嫌な予感というものを感じることがあり、この時もそうであったのだ。もしかしたら僕が、それまでに野路のそっくりさんを二人も見てしまっていたことが原因だったのかもしれない。

 そして、僕はその野路からの接触に対して、手伝ってもらえることが無いということ、一人で集中して仕事したいということを告げ、この時、野路を遠ざけてしまったのである。

 この野路沙織という人物に対しては調査が恐らく可能であろうし、またその必要性も僕は強く感じている。というのも、彼女は大学卒業後東京の印刷会社で働き始めたということを僕に言っていたが、今となってはそれもわからないからである。もしかしたら、彼女の言っていた事情というのが全て嘘で、アダルトビデオに出演していたのではないか。そして、彼女はアダルトビデオに出演せざるを得ないような状況に追い込まれていってしまったのではないか、その可能性を僕は疑ってしまっているのである。彼女の父が日本を出て中国で働いていた技術者であったというのも、僕の疑念に関係があるのかもしれない。

・僕の大学時代の先輩である水邊匡志、という先輩についての話。僕が大学時代に入部していた美術部と映画制作サークルに水邊という姓の先輩がいた。

 この人は頭がとても良く、また高身長で容姿も良いという方であったのだが欠点も存在した。この人は酷いアトピー持ちで始終体をボリボリと掻いていらっしゃった。また、部屋が大変に汚かったそうである。極めつけは朝起きられないどころか四六時中睡眠を取っており、大学の単位が取ることが出来ずに最終的には大学を退学している。

 僕は大学の1年次に、この先輩に誘われるような形でゲームの制作を行っている。その制作に参加したのはこの水邊匡志という先輩とそれから松本光平という先輩、そして僕であった。その制作風景は非常に奇妙なものであり、何故か最終的に僕が全てを作るハメになる、というものであった。RPGツクールのマップチップを使用し、地図を製作するという作業工程があったのだが、僕以外それを的確に行えないということで僕が制作するハメになった。ゲームのシナリオについても結局この水邊という先輩が出すアイデアは非常に奇抜なモノの現実感に乏しく一貫性に欠け完結する見込みの無い物で、僕はかなりげんなりさせられた。水邊さんは最終的には僕にもアイデア出しを強要してくるようになったのだが、僕がアイデアを出したところで水邊さんは「センスが無い」ということで却下することがほとんどであり、とにかく僕は困惑させられた。

 結局このゲーム制作は丸一年かけてやった挙げ句ほとんど形にならないまま、企画自体が空中分解してしまったのである。

 この人はこのように松本さんと一緒になって僕と何か企画をやりたがりはするのだが、肝心な絵を描くなどといった大変な作業は、何故か最終的に全て僕任せになっていた。ただ、この人が悪意を持って僕に仕事を押しつけていたかといえば、僕は少し首を傾げてしまうのである。結局この人はどういった意図を持ってあのような実現の可能性が極めて低い企画をやりたがっていたのか僕にはまるでわからない。結局この人は何がしたい人であったのだろうか。

・僕の大学時代の後輩である佐藤圭都という女性について。僕の大学時代の映画制作サークルであるシネマファクトリーの後輩に佐藤圭都という女性がいた。この女性は高知県のお寺が生家だったそうであり、母が北海道出身、父が翻訳家という変わった家の子供であった。また、この娘の姉はボランティア活動で海外を飛び回っているような活動的な女性であったそうで、しばしば彼女の口からこの姉の話を僕は聞かされている。

 彼女は音楽サークルに所属しており、性的に奔放なことで有名であった。感情に歯止めがかけられない傾向があり、男とすぐに寝てしまうという性質を持っているという話を音楽サークルの人間から聞いたことがある。また、精神的に不安定な傾向があり、ときおり急に怒り出すことがあったりもしたようだ。

 僕が大学4年次の時に、この娘が僕に対して急に接近してきたことがある。当時、僕は自身の身の周りに起きてしまった心霊現象の話を映画サークル内でしていたのだが、その話について詳しく聞きたいということで、僕の家に訪れてきて、二人で酒を飲んでいたことがあるのだ。

 その際に、彼女が唐突に僕に対して「一緒に寝よう」と言ってきたことがある。僕は酔っていたこともあり、「いいよ」と言い、ベットに二人で横になったのだが、その際に佐藤が急に体をこすりつけながら、僕の上にまたがってきてしまった。そして、僕は結局性的に興奮をしてしまい、彼女とセックスをしてしまったのである。もちろん、その時に僕に彼女はいなかったし、彼女にも彼氏がいないことは僕は念のため確認をしていた。

 その後、僕は彼女の家に遊びに行ったりしていた。僕は彼女と付き合うのかどうか、いまいち判断しかねていた。というのも彼女のその性的に奔放であるという性質から、〝気に入った男とセックスをする〟ということは彼女にとっては普通のことなのでは無いかという疑いを僕は持っていた。だから、僕は彼女の家に遊びに行っている際も、「付き合うのかどうかわからない」と、かなり戸惑いながら彼女と接していたのである。

 そして彼女の家で僕が彼女と話していると、彼女が唐突に奇妙な事を言い出したのである。高校時代、高地の地元にいた時に、「ヤクザに話しかけられて追い回されていた」と。それで僕が「ヤクザに追い回されて、それから何があったの?」と僕が聞くと、彼女は口ごもってしまっていた。

 この女性は実を言うと大学卒業後、何度か僕に接触をしようと電話してきたことがある。ただ、この娘は富士吉田の本屋で働いているということで、東京の方にいた僕とは結局ほとんど会う機会が無かったのである。そして、そのまま付き合うこともないままに関係が切れていってしまった。

 僕が気になっているのが、この娘の言っていた「ヤクザに話しかけられて追い回されていた」という部分である。もしこれが本当であれば、この娘はそのヤクザに追い回されて何をされたのであろうか。この辺りの事案も、僕がアメリカからの嫌がらせや操作があったことを疑っている要素の一つなのである。彼女の言っていたことが本当だとするならば、僕の周囲の人間に異常なことが起きすぎているように僕には思えるのである。

 

・僕が大学時代に所属していた美術部についての話。僕が大学時代に所属していた美術部は何故かはわからないが僕より上の学年の先輩方がほぼ東北地方出身の女性であるという構成であった。男子に関しては島根県出身の三島慶太さん、そして岐阜県出身の水邊匡志さんだけであり、女性部員がとても多い美術部であったのをよく覚えている。この東北地方の女性達は絵は上手かったものの、あまり部活動については熱心では無かった。展示会もいい加減に行うのが常であり、また美術部の活動費についてもいい加減な処理をしており、美術部自体が相当適当な形で存在してしまっていた。

 そして、この美術部には僕の同学年の生徒がいないという状態であり、最終的には僕が美術部の部長をやらされてしまうという事になってしまった。僕はまず大学側と交渉して美術部の活動費を上げてもらい、部員の皆さんの画材を東京まで出張して買ってくるということをやったり、デッサンの時間を入れるなど、この美術部があまりにもいい加減であった分、そのいい加減な所を修正するハメになってしまった。

・僕が大学時代に所属していた美術部の先輩の中に竹園えり(記憶が定かではない。確かこういう氏名であったと思う)という美術部の先輩がいた。この竹園という先輩は比較文化学科に所属する先輩であり英語の学習の為、留学をして、一、二年ほど海外に行ってしまったと僕は記憶している。そして僕が大学3年次の終わり辺りの時期に、この先輩は海外から日本に帰国してきた。

 それから留学した時の話を美術部の女子達と部活中に喋っていたのだが、海外の男についてこう述べていた。「白人ってさぁ、すっごい優しいんだよ。飲み会が終わると、家の門の所まで送ってくれるの」と。

 そして僕はこの竹園先輩から海外の話を聞いてみたくて、ちょっとだけ二人で話をしてみたことがある。そして海外に関するとりとめもない話を僕とした後に、この竹園先輩はこんなことを言いはじめたのである。「今度働いているキャバクラを辞めるから、私の穴を埋める代わりの女の子を探しているの。もし原田君に女友達がいたら紹介してくれない?」と。

 僕のその当時の女友達で、キャバクラで働けそうな容姿の女性は藤田しかいなかった。そして、その話を竹園さんが持ってきたタイミングというのが、確か僕が藤田と別れてすぐくらいの時期だった。美術部内でも何故か僕が彼女と別れたという話は噂になっていて、僕は竹園さんから「付き合っていた彼女をキャバクラに持ってこい」と言われているような気がして、とても嫌な気持ちになったのを憶えている。だからその話には一切乗らずに竹園さんを無視していた。

 

・僕が大学時代の頃に起こった、父の心筋梗塞に関する医療ミスについて。僕が大学に通っていた頃に、父の身に心筋梗塞の兆候が発生してしまったそうである。それは背中が痛むなど、かなり明確な形で父の身に訪れており、父はすぐに山口大学医学部附属病院に行き、その異常を何度も医師に告げていた。にも関わらず、結局の所、医師はそれに取り合わなかったと聞いているが、これは明確な医療ミスなのではないか。また、実は父は何度か病院に赴き、診察してもらったのだが、結局の所、心筋梗塞を発病してしまい、救急車で搬送されている。

 また、この際に実は僕は母より「仕事で忙しいので心筋梗塞となってしまった父の様子を見て欲しい」と言われ、急遽帰省しようとも思ったのだが、何故か美術部の卒業生の送迎会などの日程が重なっておりすぐに父の様子を見に行くことが出来なかったので、とてもストレスが貯まってしまったのをよく憶えている。

 そして、これは父から2019年に聞いた話なのだが、心筋梗塞となっている体を若い医師(この医師は父の教え子であったそうである)に背中から強く叩かれ、症状が悪化してしまったりもしたことがあるそうなのである。この父の心筋梗塞周りの話はこのような話ばかりであり、状況のあまりの理不尽さに僕は怒りしか覚えない。

 兄もこの父の心筋梗塞に対する医療機関に関するずさんな対応にはきっちりと反応していて、当時、厚生労働省に勤めていた為か山口大学医学部附属病院の医師に対してかなりきつい責め方で責任を追及してしまったそうである。

 2019年辺りに父から改めてこの辺りの話を聞いてみたのだがどうも父の心筋梗塞に関しては計3回もの医療ミスがあった可能性がある、と僕は認識している。

 僕は2019年5月10日10時28分に改めて山口大学医学部附属病院の患者ケアセンターにて事情を語り、父と母の診療記録・カルテ等について開示要求をしてみたのである(後に語るが、実は母の方も乳ガンの発病に関して医療ミスをなされた可能性が極めて高かったためである)。

 そして、その回答を待っていた所、2019年5月16日16時26分、山口大学医学部附属病院より開示要求に関する返答が電話によりなされた。その電話によれば〝両親の当時のカルテ、医療記録に関しては、台風などで保管しているカルテが駄目になっている可能性がある。また水害の被害があった場合に記録が飛んでいる可能性がある〟と、いうことであった。僕が「水害は発生してしまいましたし、記録が無くなってしまっている可能性が高いですよね?」と、西日本豪雨などについて示唆して聞いてみると、この際に対応して下さった方は「はい」と明確に答えている。つまり、この両親の医療ミスに関する記録そのものが消失している可能性が浮上してきたのである。

 その後、僕は両親に山口大学医学部附属病院より診療記録を請求してもいいかということを聞いてみた所、何故か極めて強い口調でそれを断られてしまったのである。

 そして僕は、そもそも要求するカルテなどが水害によって消失している可能性も高いという状況も相まって、この件に関する自主的な捜査を打ち切ってしまった。というのも、この件に関しては明確に国家や警察が踏み込むべき事態であり僕がこの文章を彼らに送付することにより、それらの組織が必ずやこの事案の闇を暴いてくれると確信をしているからである。

・僕の大学時代に母が山口銀行の銀行員と事故を起こした際の話。あれは確か僕の大学3年次辺りの話である。寒い冬の日、山口銀行の銀行員が母の車と接触事故を起こしてしまったことがあった。その事故に関しては明確に銀行員の方に過失があったという状況が道路に残るタイヤ痕から判明していた。

 ただ、その事故に関して父が奇妙な事を言い出したのである。「もういいから、こっちが悪いということにしておこう」と。当時、家に帰省していた僕と兄はそれに対して猛反発をしてしまった。「なんでそうなるんだ、警察も状況を見てるんだからなんとでもなるだろう」と。しかし、父と母は何故かこの件に関して消極的であり、結局は母が運転をミスしたせいので事故が起きた、という扱いになってしまっていたのである。

 この件に関しては僕はアメリカなどからの嫌がらせがあった可能性を疑っているのである。もうこの辺りでは父と母は度重なる異常な事案に反抗する気力すら完全に無くしてしまっていたのであろう。

・僕の兄である原田和樹の就職に関する話。兄は岡山大学を卒業した後、結局進路が定まらず実家にしばらく住んでいた時期がある。その際に兄は両親に就職について話す際に「どうすればいい?どうすれば俺は生きていける?」などと、よくわからない事を尋ねていた事があり、当時大学生であった僕には兄が言っていることの意味がよくわからなかったのである。

 結局、兄は両親の勧めるままに国家公務員を目指すことになったのだが、その際に国家公務員試験の対策をする為の学校に通っている。そして、その学校に通っている他の生徒に対して、兄はまた奇妙な事を言っていた。「公務員学校に通っている人間は本当に頭が悪い、可哀想になる。本当に可哀想になるんだ」などと、とても悲しそうな顔で連呼しており、僕は何が可哀想なんだろうと、その当時は首を傾げていたのである。

 結局、兄はその後、ノンキャリアという扱いながらも国家公務員の試験に合格し、晴れて厚生労働省の職員になったわけである。ただ、その職場というのが兄に対してとんでもない激務を強いる所であったらしい。 そうして兄は両親に対して「お前達が公務員を薦めた結果とんでもない苦労をした」などと罵倒するようになり、兄と両親の仲はどんどん悪くなっていってしまったのである。

・僕の兄である原田和樹の国家公務員試験の際に起こった話。僕の兄は僕が大学に通っている間に国家公務員の試験を受験していたことがある。その試験時の様子に関して母から奇妙な話を2019年初頭に聞いてしまった。

 兄が試験会場にて受験に関係する書類を提出したところ、その書類を受付する人物に兄の字が汚いからということで書面を書き直して貰ったことがあるそうだ。母曰く「機嫌が良さそうに語っていたのできっとそれ女の子なのよ」などということらしいが、僕はこれについては少し違った印象を憶えてしまったのである。

 この事例に関しては兄が国家公務員となる事に対して、恐らくアメリカなどが都合が良いとし、嫌がらせの標的となる人物の周辺環境を良くした案件である可能性があるのである。つまりこれこそが、東京が地方の人間を引き寄せ奴隷にする際に行う操作の片鱗であった可能性が高いと僕は見ているのである。

 兄はこの後、厚生労働省に勤め始め、毎日睡眠時間が3時間以下という状況で労働をするといったような地獄のような思いをしたようである。上げては落としてという状況を繰り返し与えることで、標的となる氏族の人物に対して死に等しいストレスを与え続けるという残忍な操作をアメリカなどが仕掛け続けていた可能性をこの案件は示していると僕は思っている。

・この日本という国家における官僚制度の腐敗について。僕の兄は大学卒業後、厚生労働省の職員となったわけだが、その最初の仕事が郵政民営化を担った小泉純一郎答弁書の作成というものであったそうである。僕はその事を兄から聞いた際、入省してから突然そんな大きな仕事を任されたのかと驚愕したのをよく憶えている。

 兄はこの官僚として働いていた時の事について僕に色々な事を教えてくれたのである。

 兄曰く「この日本という国の実態はアメリカ合衆国の植民地である。どんな政策を作ってもアメリカから指示が逐一入ってきて、全てアメリカの言いなりとなってしまう」「日本の官僚機構はあまりにも非効率的な仕組みを取り過ぎており、職員の睡眠時間が平均3時間を下回っているという状態だった。だから俺は具体的なマニュアルを作成したのだが、かえって職員から批難の声を浴びた」「日本国民の個人情報というのは明確にデータベース化されており、ランク付けもされている。例えばリクルートなどはお前の評価をA~Cなどとランク付けし、割り当てる仕事を決めているわけだ」「人間の価値は金で決まっている。例えば車から追突されて死亡する人物がいたとしよう。その人物に対する賠償金額というものはその人間が将来稼ぐ金額からある程度逆算する事によって決定される」「官僚機構の中で未だに一番強い影響力を持っているのは山口県の派閥なんだよ」などなど。

 僕が気になったのが「官僚機構の中で未だに一番強い影響力を持っているのは山口県の派閥なんだよ」という兄の言葉である。

 後になって僕が思うことは、これはもしかして〝山口県の優秀な人間がけっきょくアメリカなどから操作をされた結果東京に引き寄せられて官僚として働くことになっている〟という意味なのでは無いかという事である。

 結局はこの辺りの兄の話も〝僕の一族や僕の住む地域などがアメリカや東日本から嫌がらせを受けていたのではないか〟という僕の推察に密接に結びついているのである。

 「この日本という国の実態はアメリカ合衆国の植民地である。どんな政策を作ってもアメリカから指示が逐一入ってきて、全てアメリカの言いなりとなってしまう」などといった兄の発話については、僕が兄から伝聞という形で聞いた話である。この実態については明確に専門の機関による調査が必要な事案であると思う。と、言うのも日本は独立国家であり、他国から内政干渉を受けるいわれなどまるでないからである。

・これは僕の兄である原田和樹が個人事業主の確定申告の電子申請を作った時の話である。兄曰く、個人事業主の確定申告の電子申請のシステムは本来はもっと合理的でちゃんとしたものであったそうである。しかし、システムを作成していく内に上の部署からどんどん変な指示が入って、兄の作った合理的な案を滅茶苦茶にされて使い物にされなくなった、ということを言っていた。そうして結果的にe-taxの初期の形態が非常に使いにくい形になってしまった、と僕の兄は泣きながら悔いていたのである。

 これに関しては僕は本当に意味が分からずに首を傾げてしまうのである。日本国が効率的な経済システムを作成することに対して腹を立て、アメリカなどが横やりを入れてきたのであろうか。もしくは兄の上司や上に存在した部署が兄に対して嫌がらせの意味でこのようなことをやったのか、僕には判断が付かないのである。

 この〝官僚が国家の納税に関する仕組みを作成する〟という事態において、もし兄の言う通りこのような嫌がらせが本当になされていたとすれば、これは異常極まりない事態が発生していたと言わざるを得ない。この事案に関しては本来は国家を上げて対策を取り組むべきことなのではないかと僕は考えている。

・僕が都留文科大学に通っていた時代、母方の祖父が死んだのでその葬式に参加したことがある。その際に、いくつもの奇妙な事が起こったのでその件について明記しておく。僕の近所に住んでいる親戚である山本家の潔隆おじさんが、祖父の遺骨を拾う際にその遺骨を落としてしまったのである。そして、その時のおじさんは自分自身に対して〝情けない〟といった感じの呆れ笑いをしているように見えた。

 ちなみに僕はそれを見ても何とも思わなかった。というのも、おじさんは過去に工事現場で働いていた際に事故をして眼があまり良くないという事を僕は知っていたからである。恐らくおじさんは視力の低下から祖父の遺骨を落としたのであろう。

 また、兄はこの葬式に参加したものの遺体を焼く葬儀場にはほとんど入らずに、何故か外に出て泣いていた。僕は兄に付き添いながらそれを見ていたが、「どうして兄は積極的に祖父を弔わないのだろう、あんなに仲が良かったのに」などと不思議に思っていたのをよく憶えている。

 そして実は、この祖父の葬式後にも奇妙な事が起きていた。確か父が祖父の相続に関する話を農協で行い、その手続きを失敗してとても落ち込んでしまっていたのである。この時、僕の父は確かに少しだけ泣いていたのだが、その父に対して棟久のおばさんと母が「何やっているんだ」「精神的に弱ったのか」などと軽く罵倒をしていた。僕はそれに対して単純に憤りを憶えてしまったのである。

・僕が都留文科大学に通っていた時代。確かこれは僕が3年次から4年次に起こった話だと思われる。当時、僕が「これは便秘対策になる」と間食用に購入していた蒟蒻畑が何故か販売停止になってしまった事があるのである。

 確か、野田聖子という国会議員が蒟蒻畑を喉に詰まらせて死ぬ人間が多いということで何故か販売停止措置をとってしまったのである。当時は「餅で死ぬ人間の方が多い」などとこの事案はネットで叩かれており、僕も憤慨をしてしまった記憶がある。

 その後、この蒟蒻畑に関する問題を修正したものが再販されたものの、大きなゼリーが小さくなってしまってり、ゼリーの質が柔らかくなってしまったので、結局僕は買わなくなってしまったのである。

 それで元来便秘気味であった僕は大便が出にくくなり太りだしてしまったのである。当然の事ながら、この事案は僕に対する嫌がらせの結果起きたということを僕は断定は出来ない。

 ただ、これまでの事案について僕なりに考察してみて思うのが、〝アメリカなどは標的となる一族を太らせる可能性がある〟ということである。例えば特定の地域、特定の氏族が体重の増加対策に定期的に購入している商品の取り扱いが停止してしまう、この国には頻発してはいなかっただろうか。僕はその可能性についてはとても疑惑の目を向けている。統計的な調査を行えば必ず傾向くらいは現れてしまうと僕は思っているので、捜査に当たる関係機関の方々はこの辺りの部分に対しても注視して頂ければと思う次第である。

・これは僕が大学の卒業間近に聞いた話である。当時、神戸連続児童殺傷事件を引き起こした酒鬼薔薇聖斗山口県に逃げてきたという噂があった。この話を僕は父と母から聞いたのであるが、「湯田辺りに来ていた」などと言う地名を含めたかなり具体的な話が流れていたのである。

 これを聞いて僕は山口県に対して〝大丈夫なのか〟と思ってしまったのは確かであり、このような事案は、標的となる一族を分断するためにアメリカなどが行った操作であった可能性が高いと思っている。

 また〝犯罪者が逃げてくる〟などといった嫌がらせのような事案が、特定の地域(西へ逃げていく傾向?)に対して行われていた可能性があったと僕は見ているのである。この件に関しても調査が必要な事案であると僕は思う。

・これは僕が都留文科大学の四年次の時に起こっていた話である。僕は夏休みに実家に帰省してきた際に、マンション購入の催促の電話がかなりの頻度で実家の電話機にかかってきていたのを目撃している。当時、僕の父はこの件に対して「公務員は金を持っていると思われているから名簿が流れている」というようなことを言っていたのである。

 ただ、こうして情報をまとめてみると、本当にそれだけの話なのかというのは非常に疑わしい。リサイクル業者や家のリフォーム業者など、さまざまな電話が僕の家の固定電話にかかっていた可能性が極めて高い。また、父や母の携帯電話に業者からの商品購入に関する催促のメールなどがかなり頻繁に送られているのを僕は2019年初頭にも確認している。

 僕の家に関して徹底的にストレスを与える操作が異常なペースでかけられていた可能性があると僕は思っているのである。これに対しては明確に調査が可能な事案である。事件の捜査をその職務としている人達に是非ともこの事案を調査して頂きたい次第である。

 ・僕の父の酷い虫歯についての話。僕の父は昔から歯が虫歯だらけであった。これはどうも原因が分からないのであるが第一には〝昔、歯医者の治療中に痛みから失神をしたことがある〟ということがその原因の一因であると僕は考えている。恐らく父はその過去の歯科治療で受けた心的外傷から歯医者に行くのが嫌になっており、治療をされなかった歯が虫歯だらけになってしまったのである。

 また父は僕と同じく若い時分はヘビースモーカーであった。父が吸っていた煙草の銘柄はcabinであったと記憶しているが、父は一日二箱程度喫煙をたしなんでいたと思う。その喫煙という習慣が父が心筋梗塞となってしまった事とも密接に関わっていたと僕は考えている。

 ここからがこの事案の本題なのだが父は僕が大学生4年次辺りの時期に23本の歯を一日で一気に抜かれたそうである。僕はそのような話を今まで一度も聞いたことがないのだが一日に歯を23本抜いてしまうというのは治療として一般的に行われることなのであろうか。

 この件はアメリカなどからの嫌がらせであるかどうかは僕には判断が付かないのであるが、念のため関係機関に調査をして頂きたい所である。

 

7、持ち込み時代

・僕が大学を卒業した後に両親が実家で飼いはじめた二匹のダックスフンドについての話。

 この辺りの時期に父はダックスフンドというイギリスの犬種を飼い始めている。最初に飼い始めたのがメスの茶色い毛並みをしたダックスフンドであり、父はこの犬にルナという名前を付けている。また、父はこのルナという犬を飼い始めてすぐに「一匹だけでは可哀想だから」などと言い、二匹目の犬も立て続けに飼い始めたのである。その犬は黒色の毛並みをしたダックスフンドであり、ベートーベンの毛髪のように曲がりくねった毛並みをしている事からべーという名前がこの犬には付けられている。

 この二匹の犬は野外ではなく、室内で飼われることになったのだが素行が大変悪かったのを僕はよく憶えている。まずこれらの犬は僕の母に対して、すぐに攻撃を加えるという癖があり、特に母の寝間着などを噛みちぎり、ボロボロの状態にしてしまっていたのである。また、家の壁などを噛む癖もあり、壁の修繕等の金銭的負担が多くかかっていた。それから両親が夜寝る際に一階部分にこの二匹の犬を放って二階の寝室に上がると、この二匹の犬が一階より吠え回るといったことをやるのである。そうすると父は心筋梗塞というひどい体の状態をおして、この二匹の犬を二階に持って上がらなければならなくなり、大変な心痛をしていたように僕には見えていたのである。

 さらに、この二匹の犬のうち、最悪であったのがべーという方の犬である。この犬は何故か人が来ると相手に構わず吠えまわるという癖があり、まるで人に懐かずひたすら攻撃をするというどうしようもない習性をもっていた。さらにこのべーという犬は飼い始めてから5年ほどで椎間板ヘルニアを発症し、まともに動けなくなってしまい、介護が必要であるという異常な事態に陥ってしまっていたのである。

 僕はこの二匹の犬の持つどうしようもない性質に対して心底嫌悪感を持っていて、よく父に対して「なぜ犬に対して躾をしないのか」と問い詰めたことがある。しかし、父は「犬というのは家族であると考えている」というヨーロッパ風の価値観を振りかざし、悪いことをした犬を決して殴ったりすることは無かったのである。それどころか、何故かこの二匹の犬に対してまるで人間であるかのように服を着せるなどといったことまでやっていた。実を言うと、僕があまり実家に足を向けなくなってしまったのはこの不愉快極まりない二匹の犬が目障りであったという点も大きいのである。

 僕はこの二匹の犬を何故両親が必死になって可愛がっていたのかまるで理解することが出来ない。この二匹の犬は2019年初頭の時点で両親が言う所によると「病気になった私達を救ってくれた犬である」ということであるそうだ。しかし、僕の視点から見るとこの犬たちは両親の寿命を著しく縮めた外敵であるようにすら思えてしまうのである。

 父がこの二匹の犬を購入する際に、何かアメリカなどから特定の操作が父に加えられなかっただろうか。また、この二匹の犬を重宝するように何らかの強烈な操作が両親の身に働いてはいなかったか。これについては明確に調査が必要な事案である。

都留文科大学卒業後、僕は千葉の習志野市のアパートに引っ越しをした。僕が居住とした部屋は習志野市の小高い坂の上にある住宅地に建っているアパートの一室であった。そのアパートは二階建てであり、僕はその二階の一番端の部屋に住んでいたのである。

 この部屋に住んでいていてとても困ったことがあった。それは、隣室に粗暴な性格の男が住んでおり騒音を所構わず鳴らしていたからである。さらに、彼は室内で猫を飼っている上に女と同棲もしていた為、夜はあまり眠れる環境で無かったと僕は記憶している(ちなみにこの部屋に泊まりにきた僕の当時の友人である清水哲平は「この部屋、夜凄い音がするね」と語っていた)。

 この男はときおり、深夜に仲間を集めて部屋で大騒ぎし下の住民に壁を叩かれると「オリンピックなんだからしょうがねえじゃん」と言いつつ、馬鹿騒ぎを続けていたものの、僕は一応我慢を続けていたのである。壁を周辺住民に叩かれていることから、そのうち不動産屋が対応するであろう、と僕は考えていた。

 猫を飼っていることについては、明確にアパートの規約違反だとは思っていたものの、初めのうちは「そこまでうるさくないし、まぁいいか」などと僕は思っていた。しかし、生活をしている内に隣の部屋のベランダ辺りから大量の子猫の声が聞こえてきはじめて、隣室で本格的に猫が繁殖してしまっていることに気がつき、さすがにアパートの規約違反として不動産会社に訴えかけた。

 そうするとその隣室の騒がしい男は結局アパートから引っ越したいった。しかし、その代わりに人相の悪い男が入れ替わりで隣室に来る形になったのである。僕はこの男の人相を見て、そこはかとない恐怖を抱いてしまったのをよく憶えている。

 さらに、この千葉の習志野市辺りの道は治安も悪かったと記憶している。僕が道を歩いていると若いカップルと通りすがった。そして、そのカップルの男の方に「この着こなしは30点だね」という言葉を吐きかけられたのである。とても悪い環境に置かれていたのが自覚できる。

・これはちょうど僕が大学を卒業し、実家を離れていた時の話である。この辺りの時期に実は僕の家の土地に地籍調査が入っている。明治時代から数えて実に100年ぶりくらいの調査だったそうである。その際に、この僕の家の辺りの土地はどうも土地の登記情報自体を滅茶苦茶にされたそうだ。

 そこで、僕が2019年5月辺りに山口の市役所関係部署を巡りそれらの情報を当たってみたところ、結局その地籍調査を実際に行った小郡総合支所の人員は異動となっており、その地籍調査を誰が行ったのかなどの詳細はわからないとのことだった。そこで山口市開発指導課に調査を依頼したところ2019年5月16日、山口市開発指導課 佐々木様より、調査結果が報告されてきた。

 まず、僕の家の南側の土手が市か僕の家の土地かどちらの住所に入っているかは境界杭がいい加減な形で設置されているため〝不明〟であること。そして電柱がある西側の土手の方の判別も境界杭等がない部分がありそこが市の土地であるかは〝不明〟であること。また、父から僕が後に聞いた所によると、僕の家の南側の家が僕の家の方向に張り出して設置されているという話であったが、その件についても資料が無いので不明とのことであった。

 この件に関しては、この辺りの住民がこの地籍調査に関してかなり不満を持っており、市役所などに文句を言いにいっていたそうなので、恐らくいい加減な調査であったことは間違いない。

 また、山口市開発指導課 佐々木様が調べた結果によると、少なくとも僕の家の周囲の土地に関する情報が10年前の地籍調査で〝不明〟にされたというのは間違いないことなのである。

 さらに言えば、この辺りの土地というのは、土地情報が不明の状態で地籍調査からかなりの長期間に渡って放置されており、その対応もまるでなされていないというのがその現状なのである。

 この事案は僕が「山口県の南部地域が嫌がらせにあっていた」という事を主張する明確な根拠となっている案件である。僕が気になっているのは地籍調査を実際に行った小郡総合支所の人員が異動によっていなくなってしまっていることである。この辺りは恐らく詳しい調査をすれば明確に状況が分かる事案であると思うのである。調査にあたる人員の皆様方には、何故このような事案が発生してしまったのか、また誰がこのような事案を引き起こしてしまったのか、しっかりと調査して頂きたい所である。

・僕が兄と同居していた東京都稲城市のアパートについて。僕は集英社のジャンプ編集部に認められて、漫画のネームを投稿していた時期がある。そして、その際に兄に家賃を払ってもらうという形で兄弟二人で一つの住居に住んでいたことがあった。

 その住居はかなり築年数が建っている古い二階建てアパートの一階部分の部屋であり、和室が二間ほどある部屋であったのをよく憶えている。

 この住居はドアの目の前に住民の所有している巨大なバイクがよく止められており、騒音が著しいなどの問題を抱えていた。特に僕がおかしいと感じた所が、天井、つまり上の部屋から巨大な鉄アレイを落とすような巨大な音が、深夜の時間帯にかなり長時間に渡って鳴り響くという点であった。この音というのは発生する頻度や発生する時間帯もまちまちであったが、一度鳴り始めると最低でも5分程度立て続けに強烈な音がしてしまい、どれだけ寝入っていてもまず起きてしまうというとんでもない騒音であった。

 ちなみに、この音がするタイミングには特定の規則性があったように僕には思えた。この住居に住んでいる際、僕は兄とよくたわいもない世間話のようなものをよくしていたのだが、例えば兄が「宮崎駿なんて終わってる!なんなんだあのゴミ作家はよ!」と吐き捨てた晩に二階から件の轟音がして睡眠を阻害されたりしていたのである。また、兄が僕に対して、蒼天航路という漫画を読み勉強することを勧めてきた夜にも、僕たち兄弟の住んでいる天井が何かで強く叩きつけられるような音がして睡眠が取れなくなったりしていたんのである。

 また、実を言うと僕と兄が同居していた時期に兄は社交ダンスを習っていたのである。そこで兄が家の中で僕にダンスを見せてきたりしたのだが、そうすると上の階からしばらく音がしなくなっていたりしていたのである。

 兄は僕と話をしている際、ときどき言っていることがおかしいことがあった。戦国武将について話題が広がった際に、兄は「上杉は凄いよ。やっぱり寒い土地ってのは凄い武将を育てるんだ」と大きな声で言ったりした。まるで天井にいる人間に聞かせるように。ちなみに、兄は光栄の信長の野望シリーズをプレイする際は武田信玄を初期武将に選びゲームをスタートするのが常であったのだが、兄の好みというのが今にして思うと僕にはよく分からないのである。

 兄は僕と住みながらこのような〝東日本やアメリカを褒める〟と言った言質や〝西日本や中国を褒める〟と言った言質を器用に使い分けながら、睡眠を阻害してくる二階に住む住民の機嫌を取っていた風に僕には見えたのである。一体このような兄の態度は何の為に行われていたのであろうか。

・兄が昔ツアーを組んで行ったタイ旅行についての話。僕は兄と同居していたこの時期にタイ旅行についての打ち明け話を兄から聞いている。兄がタイにツアーを組んで観光旅行に行った際、「あいつら白色人種はアジア人を人間だとは思っていない」と言うほどの嫌がらせを白色人種の人物達から受けたそうである。「とんでもない悪口をたくさん言われた」と、その時、兄は僕に語っていたのである。

 また、兄はタイという国に対する印象自体はすこぶる良かったらしく「日本の女なんてみんな糞だ。俺はもうタイの女と結婚しようかとすら思っている。超美人だったぜ」などと僕に対して語っていた。

 この事案について僕が思うのが〝アメリカなどから標的とされた人物が国際旅行に行った際にも嫌がらせはかけられてしまう〟という事例の一つなのではないかということである。

 例えば僕の都留文科大学の友人である小池という人物などは、ローマに旅行に行った際、財布をスリにすられてしまったことがあるそうなのである。また、実を言えば僕の両親が教師を引退した後に、中国旅行に行った際にもちょうどよく反日暴動が起きてしまって旅行地の危険度がましてしまっていたそうである。

 このように僕の周囲の人物には〝旅行すら安全に行えなかった〟といった事例が散見されてしまうのである。これらの事案についても専門機関による厳重な捜査が必要であろう。

・この稲城市で兄と共に同居していた辺りの時期に、僕は久しぶりに野田学園時代の同級生達と東京で再会している。竹重義之と山本俊輔、それから鈴木景太辺りの面子が集まっていたと思う。

 集合は確か新宿駅辺りであったと思う。皆と合流して、店を選ぼうかと皆で歩き始めた途端、居酒屋のキャッチに捕まってしまい、「まぁ、ここでいいか」などと皆で安請け合いして、キャッチについていった所、街の地下にある妙に値段が高い上に料理も不味いバーで飲み会をするハメになってしまった。その飲み会の際に、鈴木から「原田はその手の絵関係の仕事をしてるのに煙草を吸ってないのすげーわ。建築家とかみんな吸いまくりだけどね」という話をされた。

 その後、僕は結局集英社に持って行くネーム等で行き詰まった際に、鈴木の話を思い出し、「ちょっと吸ってみるか」などと思い、兄と同居しているアパート内で煙草を吸い始めてしまったのである。

・僕は漫画のネームをかなりの枚数書いていたのだが、どうしても編集部に持って行くだけのモノが書くことが出来ずに、悶々と日々を過ごしていた。その際に兄が「お前、さすがに今の状況は不味い。漫画を編集部に持って行かないのなら俺に対してちゃんと住居の家賃を払ってくれ」と言い出した。

 兄の理屈はもっともであると僕は思い、アルバイトを探した所、まず新薬の投与を自身の肉体で試すことで報酬を受け取るという治験の話が目に付いたのである。これは病院で寝ながらできるバイトであり、その治験を受けている間も漫画の勉強が出来ると思い、希望してみたのである。

 この治験のアルバイトにおける希望者は常に多く競争率もとても高かったと思うのだが、何故か治験のバイトに一発で選考が通り、何度か治験のアルバイトを僕はこなしている。

 ただ、確かにこの治験のアルバイトは勉強をしながらお金ももらえるという待遇であったのだが、体に異常が出てくる可能性もあったため、数回やるだけで以後は行かなくなってしまった。

 後に困ったのが、この治験のアルバイト絡みの勧誘の電話が非常に高い頻度で僕の携帯電話にしつこくかけられるようになってしまったことである。何故か僕が「もう治験はやりませんよ」と言っているのにも関わらず、その後何年にもわたってしつこく電話をかけてくる業者がいた。

・兄から家賃を支払うように催促されて治験のアルバイトをやった後に、僕は新宿の小田急にあるデパート地下街のレジ打ちのアルバイトをやっている。

 このレジ打ちのアルバイトというのはチェッカーサポートという会社が人員を管理しており、僕はこの会社に雇われる形でアルバイトをやり始めたのである。このチェッカーサポートにおけるアルバイトは最初の研修からして実は既に話がおかしかった。太田という社員の方がレジの打ち方等、接客について教えてくれたのだが、僕が直ぐにレジ打ち等の仕事が出来ることに何故か驚き「もう、貴方出来るからいいでしょ。私疲れちゃったからもう指導を終わりにしてもいいかな」ということを言ってきた。僕は不安ではあったのだが、太田さんの要求を通してしまい、その後酷い目に遭っている。

 というのも、結局分からないという以前に、教えてもらってもいない仕事が出てきてしまい、チェッカーサポートの山本という社員の方にその件について散々怒られて関係性がおかしくなってしまうという事態に陥ってしまったのである。

 ただ、この会社については色々変な所もあったと思う。例えば、金子という姓を持つ妙齢の社員が〝抜けている人物〟として職場の人間全員から虐めを受けている印象を僕は受けた。また、大久保という社員(背が低く、友人と共にルームシェアをしていると語っていた)は僕が職場を辞めるということを告げると何故か眼に涙を浮かべていた。それから、背の高い大学生がアルバイトで後発で入ってきて、僕に対して「原田さんってポケモンやってそうな顔してますよね」などと、ほとんど初対面にも関わらず唐突に悪口を言ってきたりもした。

 僕は未だにこの職場の人達がどのような人達であったのかいまいちわからないのである。というのも、僕のこの時の職場における人間関係が〝僕に優しくしてくる人が現れる〟〝僕に厳しくあたる人が現れる〟といった事例を繰り返しながら徐々に悪化していった為、職場の人達が良い人なのか悪い人なのか、いまいちわからなくなってしまった為である。

・父が昔の乗っていたトヨタの車、プリウスについて。僕がこの稲城市で兄と共に暮らしていた辺りの時期に、父はトヨタ自動車プリウスという車に乗っていた。実はこのプリウスという自動車に乗っていた際に父が事故を起こしてしまったことがあるそうなのである。

 これは僕が実際に見たわけでは泣く、両親からの聞いた伝聞によって得た情報なのだが、父がこの辺りの時期の冬のある日、家の農具小屋の壁にプリウスを突っ込ませたことがあるそうなのである。

 この事故に関しては、父がブレーキ操作とアクセル操作を取り違えたのか、それとも当時煩っていた心筋梗塞の症状から一時的に意識を失ったか、どちらのせいで発生してしまったのかは定かではようである。ただ、父自身は一貫して、「車がおかしかった」と、主張している。というのも、ちょうどその頃、アメリカでトヨタ車に欠陥が見つかったことなどが問題になっており、車の方が駄目だった可能性の方が高かったのである。当時父が僕にその記事について話してみせ「やっぱりトヨタ自動車の車がおかしかったのだ」と確認をしてきたことを僕はよく憶えている。

 そしてこれは余談ではあるが、その事故の結果として家の農具小屋の南側の壁が壊れてしまい、その壁の修理を嘉川の業者に頼んだのだそうだ。しかし、その壁の修理について、父の出した発注を業者側が取り違えてしまったらしい。結果として、この壁の修理はこの業者によってなされたのであるが、壁の模様が事故以前の状態とはまったく異なってしまっているのである。ちなみに、その壁の写真は2019年5月現在、撮影して保存してある。

・これは僕が実家にいない時期に起こった事例、実家の窓の外に降ろすことができる窓ガラスを保護する為のシャッターについての話である。

 僕の実家の窓ガラスの外側には強風対策という名目でシャッターが備え付けられている。

 そのシャッターをいざ強風が吹いた際に下ろしてみるとそのシャッターが強風にあおられてへこみ、窓ガラスに打ち付けられることによって強烈な音が鳴る仕組みになっているのである。つまり、このシャッターは恐らくは強風で飛んできたものなどから窓ガラスを保護するために下ろすという代物なのであるが、これを強風時に降ろしている部屋はこのシャッターからする騒音によりまともに睡眠を取ることが出来ないという仕様になっているのである。

 僕が2019年5月6日現在住んでいる実家の周囲は騒音が頻繁に発生している地域である。特に夜は、山陽本線を通る貨物列車の走行音が凄すぎて、シャッターを下ろして騒音を遮断することによって、かろうじて眠ることができるという環境である(ここまでやっても騒音で眠れず、ときどき起きてしまうことがある)。

 僕は2019年1月にこの実家に帰ってきてから、どの部屋が一番眠りやすいか実験してみたことがある。その結果、一番眠れると判明したのが実は一階の和室である。というのも、和室は壁が何故か他の家の壁よりも分厚く、音対策がある程度出来ているように思えるからである。さらに和室には障子戸が備え付けられており、外の音に対して窓と障子戸で二重に防音できる仕様であるということも大きい。実際に僕は和室にて就寝してみた所、そこそこの睡眠を取ることが出来たのである(もっとも、そこの和室の南側のガラス戸も気温の上下に影響されて強烈な炸裂音を鳴らして睡眠を阻害されることがあるのだが)。

 ここまで説明して再びシャッターについて話を戻そうと思う。前述したシャッターは当然のことながらこの和室の南側にも付いている。つまり、この住居で一番睡眠を取ることが出来る可能性が高い環境というのが、〝和室に床を敷いた上で窓ガラスの外側のシャッターを降ろし、内側の障子戸を閉める〟というものなのはおそらく間違いが無い。

 しかし、この和室の南側のシャッターというのが僕が家を空けている時期に実は故障したそうだ。それで両親が積水ハウスの業者に修理を頼んだところ、修理が出来ず、和室の南側のシャッターを持ち帰ってしまったそうである。

 僕はこれについては少し状況が込み入りすぎて、アメリカの嫌がらせとはいまいち断定は出来ない。ただ、建築業者に対して修理を頼んだらその問題部位を持って帰ってしまった、などという状況はとても正常な状況であるとは言い難い。

 僕はこれがひょっとして、〝ギリギリ眠ることが出来る環境すらもアメリカなどから偶発を装い奪われてしまった〟という事案なのではないかと疑っているのである。何故、故障したシャッターをこの件における業者は持ち帰ってしまったのであろうか。激しく疑念が残る案件である。

 

 

 

 

 

 

 

8、東京、名古屋在住時代

・この辺りで僕は成人向けの電子書籍作家としてデビューしているのだが、それについての話。

 僕は父からimacを買って貰い、東京の杉並区にまず引っ越したのだが、そこから本当にとんでもない作家生活を迎えてしまったのである。一作品を作るたびごとに本当に死にかけるという事案に遭遇しており、毎回毎回地獄のような環境で成人向けの電子書籍を作成していた。まずはその一作目の制作に関する話をしようと思う。

 最初に僕は東京の杉並区で松本光平という大学時代の先輩に作品を作る旨を相談をし始めた。そうすると松本さんがその話を何故か岐阜県の神岡市辺りに住んでいる水邊匡志という先輩に話して水邊さんを企画に参加させるように取り計らってしまったのである。僕には松本さんの思惑がまるでわからなかった。というのも、水邊という先輩が、企画においてセンスの良いアイデアを繰り出すものの決してそれが実現することはなく、企画が空中分解する傾向を持っている、ということを松本さんはとうの昔に理解しているだろうと思っていたからである。何と言っても何度となくそのような事態を僕も松本さんも大学時代に体験していた。この状況でこの企画に水邊さんを加えてしまうことはただの自殺行為であることは松本さんにも明確に分かっているだろうと僕は強く思ったのである。

 また、僕としてはこの一作目に入る際に予め借金を30万円ほどしており、水邊さんを企画に含めてしまうと制作が必然的に長引いてしまって、それが僕の死に直結してしまうことがすぐさまわかったのである。

 よって僕は松本さんに対して激しい口調で、水邊さんをこの企画に入れないようにと言い含めた。そうすると渋々と言った様子で松本さんはその僕の提案を飲んだのである。

 最初の制作は困難を極めた。なんと言っても当初としては僕は成人向け漫画を描いていることがのちのちになってバレないように本来の絵柄を変更しながら電子書籍を執筆していたのである。さらに、父が僕に買ってくれたimacにはこの時には絵を描くためのソフトウェアが存在しておらず(当時は綺麗な主線を引けるソフトウェアはsaiしか存在しなかった)、まずブートキャンプによってウィンドウズを導入するハメになり、制作には大変苦労させられた。

 さらに困ったことに、作品に最終的にフォントを入れてくれるよう、松本さんにお願いをしていたにも関わらず、松本さんがいきなり逃走してしまい、連絡が付かなくなってしまったのである。これには本当に僕は参ってしまった。そして困り果てた僕は作品の売り上げの一割(税金を除いた分の売り上げより)を渡すことを条件に清水哲平という大学時代の友人にフォントの挿入を依頼している。

 そうして、借金にひたすら追われながら、身内に裏切られ続けながら、僕は心身共にボロボロになりながらもギリギリの所で作品の制作を完了した。作品制作が終わったのちに、そのあまりにも強烈なストレスを解消する為、僕は二週間ほど酒を飲み続けるという所謂〝飲んだくれ〟という状態に始めて陥ってしまった。戦争を終えた後の兵隊の心境を僕はこの時初めて理解したのである。

・この辺りの時期に僕はインターネット上の音声ファイルで日本中から集められた素人の怪談話を聞くということに熱中している。その怪談話の中に警察所内に心霊現象が発生した事件ばかりを集めたファイルが存在する、という話が存在していた。本当かどうかは定かではないが、もしこれが本当の話なら、その心霊現象と言われる奇妙な事象がアメリカなどの操作の痕跡なのではないか、と僕は疑っている。そうなると大規模操作はオカルトブームが発生した1999年辺りがピークになるはずである。そして、警察は犯罪を追えば自ずと操作の痕跡に行き当たる以上、何が行われていたか気づいていた可能性があるし、またそれを放置し続けていた可能性もあるのである。

・僕が成人向け電子書籍の制作の為に購入したワコム社製のペンタブレットに発生していた初期不良についての話。

 僕は最初の成人向け電子書籍の制作を終えた後に、かなり大きめの液晶ペンタブレット、Cintiq 24HD touchを購入している。当時はこの製品の値段が30万円近くしており、購入することを相当ためらいもしたのだが、結局日本のペンタブレット市場においてはこのワコム社が独占状態であったので、購入せざるを得なかったのである。

 このペンタブレットを購入してしばらく使ってみた所、色合いが赤みが掛かっていて色彩面では使い物にならないということが判明した。よって僕はデュアルディスプレイを導入し、色についてはcintiq24HDではない方で確認せざるを得なかったのである。後ほど、ワコムのサポートにこの初期不良の件について電話をすると、以下のような返答が返ってきている。「cintiq24HDという製品には初期ロットにこういった不具合が発生していた」と。しかし、そのサポートの方と型番等を確認して貰ったところ僕の持っていたペンタブレットが初期ロットでも無かったことがすぐさま判明してしまったのである。これに関しては、サポートの方が言うにはグラフィックボードとの相性によって、画面が赤くなることが確認されているという追加情報がその後得られたものの僕はいまいちその理屈に納得することは出来なかったのである。というのも、僕が色に関する習熟がこの初期不良のせいで遅れたしまったというのはある程度事実だからである。

 このペンタブレットの不具合に関しては僕はアメリカなどからの嫌がらせであった可能性をかなり疑ってしまっている。

・東京で成人向け同人を描いていた辺りの時期に僕がはまった格闘ゲームについての話。僕はストリートファイターシリーズというカプコンが出す格闘ゲームが特に好きで、よくプレイしていたものだが、この辺りの時期にストリートファイターⅣというゲームが発売されている。僕はこのゲームの家庭用版をXBOXというゲーム機種にてプレイしていたのだが、sakoというのちにプロプレイヤーとなる人物と対戦したことがある。最初にsakoと対戦した際、僕はsakoに普通にやって勝ってしまったのだが、その後、何戦もsakoと対戦するうちに全ての動きに対応されて完封負けをきした事がある。

 この対戦格闘ゲームのコミュニティーはネットで大変盛り上がり、僕もそういったコミュニティーに出入りしながらコメントなどをして楽しんでいたのであるが、実を言うと、このコミュニティーを観察していたことによって、僕は色々と気づいてしまったことがあるのである。

 このストリートファイターⅣというゲームは全国から強力なプレイヤーがインターネットを介して現れ、そしてインターネット上で対戦するという新しい格闘ゲームの時代を築いた革新的なゲームであった。

 ただそれ故に、実を言えば〝地方〟というモノが浮き彫りになってしまい、強い選手がどこから出るのかなどといった傾向がはっきりとしてしまっていたのである。

 僕はこのゲームのコミュニティを観察することにより、実はこの国においてはスポーツの大会などがまるで公平に行われていなかったこと、そして選手の環境も基本的に西に向かうにつれて悪くなっていたことなどに徐々に気がついていっていたのである。もちろん、あくまでも可能性の話でしかないのだが。

・東京で成人向け同人を描いていた辺りの時期に僕がはまった格闘ゲームについての話。この格闘ゲームのコミュニティに僕が出入りしていたという話を記述したが、このコミュニティーの中の有名な掲示板〝ウメハラ専用掲示板〟についての話も記述しておこうと思う。

 この掲示板は非常に民度が低いことで有名であり、また書き込みをしているニートの数も非常に多いことで評判であった。ただ、この格闘ゲーム掲示板は長らく2D格闘ゲーム業界全体のメインコミュニティとして存在しており、刺激的で非常に楽しい場所ではあったのだ。

 この掲示板の書き込みで特に興味深かったのが、〝AA(アスキーアート)〟というモノである。元々もは2chという匿名掲示板で発生した、文字列を組み合わせ絵のように見せるという日本独自の文化であり、このウメハラ専用掲示板にもよくこのAAの書き込みが成されていたのである。

 ただ、ウメハラ専用掲示板に書き込まれていたAAの書き込みはその独自の民度の低さも相まって、アメリカなどが行う操作が浮き彫りになってしまっていた可能性が高いのである。

 例えば春麗使いとして長らくカプコンゲームの頂点に君臨していた大貫というプレイヤーが存在する。このプレイヤーは本当に酷い虐めのようなものをこの掲示板の住民から受けていたのであるが、これはひょっとすると〝中国人をメインキャラに据えている強力なプレイヤーを差別する〟という操作が存在していたのかもしれない。同じくユンという中国人キャラを使用し、頂点に君臨していたかずのこというプレイヤーも酷い扱いをこの掲示板においてされており、非常に理不尽な状態であった。

 この二人のプレイヤーについての悪口などにAAも使われていたのだが、その中に大貫というプレイヤーが股間をぼりぼりと掻いている絵が表示されるというものがあった。

 このAAは普通の人間が読めば、強烈なストレスを感じてしまうような言葉と共に書き込まれているのだが、これが実はかなり面白い効果を生んでしまうのである。

 実を言うと、僕はそのAAを何度となく見るうちに、そのAAと同じように股間を掻く癖が出来てしまったのである。僕は特に性病などを持っていなかったのにも関わらず、である。

 この現象は非常に興味深い現象である。〝人間は非常に強いストレスにさらされた状態で情報を与えられるとその情報を受け入れてしまう〟のではないかと僕はこの件から推測してしまったのである。もし、僕の推測が本当の事であれば、これは様々な場面で応用が利く操作であると僕は思う。

 例えば、僕は大学卒業後に漫画の修練をしていた際に岐阜県高山市出身の清水哲平という人物より「原田君も株をやってみたら?俺もそこそこ勝てるくらいだし、原田君ならきっと勝てると思う。明らかに向いているよ」と何度も誘われた事がある。僕は株に対して何となく嫌な予感がしていたのでその清水の発言を無視したのだが、あの時は確かに僕はいつも金欠であり、ストレスが多い状況であった。この時の清水の発話というのは僕に対する操作を狙ったものではなかったのか。清水はこの時〝僕が絶対に株で勝てない〟ということを分かった上で僕に誘いをかけていたのではないだろうか。そう今では思うのである。

 話をこのウメハラ専用掲示板に戻したい。このウメハラ専用掲示板という場所はその非常に低い民度から操作の痕跡が非常に分かりやすい形で残ってしまっている可能性が極めて高いと思われる。

 当然の事ながら、警察組織の人間などはこの掲示板の情報を記録していると僕は予想しているが、僕に関して何か有意な操作が大量に行われていた可能性もこの掲示板については高いのである。この掲示板に書き込まれた情報については特に念入りに捜査をして頂きたい所存である。

・大学時代に所属していた映画サークルの後輩、長崎県出身の萩尾悠についての話。この萩尾という女性については大変興味深い話が多い。まずこの人物の父親は京都大学を出たらしく高い知能を有していた可能性が高い。そして、この萩尾という人物の兄は所謂オタクと言われる趣味を持っていたそうで、家で引きこもりと化してしまっていたと僕は萩尾から聞いていた。彼女は高校時代、放送部に所属していたらしいのだがどうも〝面倒ごとによく巻き込まれる〟といったことが多かったらしく、周囲の人間に脚を引っ張られるということも頻発していたようであった。また、彼女はアトピー性皮膚炎が酷く風呂に入り薬を塗るといった時間が何時間かあり、そのせいで一日の活動時間がかなり狭められていたのも印象的であった。

 この萩尾という女性は僕の所属していた映画サークル内では明確に才能がある方であった。大学卒業後は脚本の学校に行き、師の元で映画脚本の勉強や仕事をしていたようである。ただ、その脚本の仕事の方は上手く行かないようであり、脚本を書いていたら企画自体が無くなってしまったり、撮っている映画が完成せずに一旦撮影が止まったりなどしており、非常に不安定な生活を営んでいる印象であった。また、彼女は何故か僕と二人で飲み会をしている時に、服の着方が甘く僕に対して肌を見せて来ることがあり、僕はその彼女の迂闊さに対して本気で説教してしまったことがある。「そんな格好を男の前でしていると、いつか痛い目に遭うぞ」と。僕はかなり頭が良いであろう彼女が何故そんな痴態のようなものを僕に対して見せてきたのか今でも不思議である。

 その彼女は、この時期に登戸辺りのアパートに住んでいたと僕は記憶しているが、そのアパートでかなりろくでもない事案に遭遇していたと彼女自身が語っていたことがある。

 彼女が住んでいたアパートは住民がおかしな人間ばかりであったらしいのである。彼女曰く、「隣りの住民に何かする度に壁をすぐに叩かれていた」「郵便受けを他の住民に覗かれたり、郵便受けに性的な玩具を入れられたりしていた」「部屋の音が配管で隣室と繋がっておりそれが隣人に聞かれている」などなど、周辺住民より嫌がらせのような事を行われていたという話をしていたのである。

 幸いにも彼女はそのアパートを引っ越して、ある程度安全なアパートに引っ越せたそうだったが、この件において、萩尾はアメリカなどから嫌がらせを受けていた可能性が高いのでは無いかと僕は思っているのである。

・僕が東京の笹塚に住んでいた時の話。僕の住んでいる部屋に光回線の業者の方が尋ねてきて、光回線の契約をしませんかと言ってきた事がある。僕はその光回線の勧誘を行っている業者の人がまだ年若く、どうも契約の受注に苦労してそうな印象を受けたので、その子に契約を取らせる為に光回線の契約をしてしまったことがある。当然、僕自身、光回線を使ったことも無かったので速度を試してみたいと思ったというのもある。

 そして、僕がこの業者と光回線の契約をすると不思議なことが起こったのである。光回線の契約絡みのトラブルで1ヶ月程度、部屋のインターネットが使えなくなってしまったのである。最終的には古い木造アパートに穴を開けながら光回線は僕の部屋に通されたわけであるがその事についても僕は強いストレスを感じた。そのアパートの大家さんはかなり高い頻度でアパートを掃除しにきており、所有するアパートを大切に思っていることが僕には伝わっていたからである。そのアパートに光回線の業者が穴を開けてしまったということが〝悪いことをしてしまった〟という意識に繋がったのである。

 結局の所、僕は光回線に対する悪感情が積もって、それ以後光回線の勧誘業者が大嫌いになったし、光回線を忌み嫌い一切使わなくなってしまった。

 ちなみにこれは余談であるが、一つ気になっていることがある。僕がこの笹塚のアパートを出る辺り、このアパートの大家さんが入院していたという話をこのアパートの管理を承っている不動産屋さんから聞いているのである。

 山梨のアパートの件もそうであるが、何故、僕の住むアパートの大家さんは死んだり、入院したりしてしまうのだろうか。

・僕の大学時代の映画サークルの先輩であった、吉田裕一という男性に関する話。この吉田という男性はかなり興味深い人物である。まず人物の生家は富士山の麓の辺りに存在し、相当高い標高にあったことが窺える(僕は昔本人よりその話を聞いたことがある)。彼と会話をしている印象としては、知能はかなり高いようであり、映画に対する造詣も大変深い。また高校生の時の部活は登山部であり、体力も相当にあったようである。しかし、ここだけは本当に不思議なのだが、この吉田という男性は何故か女性関係の浮いた話を一切聞かなかったのである。彼は「俺、結婚したいよ。もし俺に彼女とかいたら、俺は映画とか撮ってないだろうね」ということを僕にぼやいているくらいで、僕はそれが少しだけ不思議でもあったのである。

 大学時代に彼の撮った映画を観たことがあるのだが、かなり出来が良く、将来彼は映画監督になるのかな、などと思っていた。しかし、大学卒業後にこの吉田という人物が志したのが先の文章でも書いた通り、映画プロデューサーである。

 彼は僕の漫画に対して逐一アドバイスをしてきており、しかもそれが的確であった。また、彼が何度となく僕に言ったことは「水邊君や松本君はお前の才能をスポイルしているだけなんだ。俺がお前の才能を世に出してやる」と、いうことである。

 先の文章でも書いたとおり、彼はプロデューサーとして僕を使い、映画を作成しようとした。しかし、その制作工程は正直な所メチャクチャであった。まず小規模の作品を作るので人員は少なくしようという話であったのに、どんどん話が大きくなり、最終的にはプロが大勢参加するという事態になってしまったこと。スケジュール管理が非常に甘く、待ち合わせ時間に遅れる、こちらのスケジュールが埋まっている日に予定を入れてくる、3D班に資料を渡さない、などなど。彼のプロデューサーとしての仕事は非常に粗いものであった。そして、どうも僕が疑問に思っているのが、彼はこれらの動きを〝意図的にやっていた〟ように吹聴していたように思えることである。

 彼は僕とステーキハウスで食事をしている際に「世の中悪いことをする奴だけが成功することが出来るんだ」というちょっと僕には理解しがたい価値観を語っており、僕は「電通に入って吉田さんはおかしくなってしまったな」などと思ったものである。しかし、今となってみると、吉田さんはひょっとして電通という組織で上手く仕事をこなしている人がやっていたことを真似ていただけなのかもしれないと僕は思うのである。

 才能がある映像作家に理不尽な要求をして追い込みをかけ能力の限界以上の力を引き出す。そして、その人間がやった仕事を自身がやったことであるように主張し、さんざん映像作家を使い回して、叩き潰す。これが電通という組織が金銭を稼ぐ際の常套手段であったのではないかと僕は今では思っている。そして、このやり口というのが、アメリカなどが最も得意とすることであり、行きすぎた資本主義の構造そのものなのではないだろうか。

 僕がこの案件で一番気になっているのがこの吉田という人物が最後に僕に吐きかけた「元気なのは良いけどさ、お前電通に逆らって生きていけると思うなよ」という言葉である。この言葉は一体どういう意味なのだろうか。この案件に関わった際、電通に反抗的な態度を取ってしまった僕は近い将来電通に殺されでもしてしまうのであろうか。確かに、その後の僕の人生というのは様々な外的要因から死んでもおかしくはない状況の連続であったことは確かである。

 この吉田という人物の発言も〝アメリカや東京の氏族から嫌がらせを受けてきた〟という僕の発想に繋がってしまったのであるが、本当の所はどうなのであろうか。

 2019年4月頃に、僕はその電通に対してメールによる質問状を送付している。内容の方は、〝僕の個人情報を利用して、僕に対して攻撃的な操作をかけましたか?〟というものであった。しかし、電通はこの僕の質問に対して一切返答を寄越すことはなく、無視をし続けている状況である。

 これに関しては明確に捜査を行うべき案件であると僕は思う。というのも、電通という日本人の個人情報を一手に担う巨大企業が、矮小な一個人に対して攻撃を仕掛けるなどということは絶対に許されてはならないことである。それが、アメリカ合衆国から要請されたことだとしても、である。是非とも、この件を調査する関係機関の人間には電通内部を集中的に当たってみて頂きたい。

・僕は東京から名古屋に引っ越して直ぐに成人向けの作品を執筆し始めた。成人向け電子書同人籍作家として二本目になる作品を執筆するという形であったが、そもそも僕が以前販売した一本目がPC向けの電子書籍サイトでは本当に日本で一番という売り上げであったため、妙なプレッシャーがあったのをよく憶えている。

 その時は僕は「恐らくこれはこれから漫画の電子化が進めば見開きの真ん中部分を無視した漫画が登場するし、その作品の画面比も当然端末に適合したものとなる」と踏み、制作費の余裕がないのにも関わらず、非常に大きな解像度の作品を制作することにした。

 以前週刊少年ジャンプ編集部で貰った原稿スケールなどを使用し、漫画におけるA3の公式比率を厳密な計算によって求めて、それを元にA3ベースの原稿用紙を作成。その上で上下部分の紙の裁断などの計算式を独自に考案して、PC閲覧におけるフルHD画面比率において自然に読むことが出来る漫画形式の制作を本気で試みた。おおよそ見開き1ページが西洋画のキャンパスサイズ程度というとんでもないサイズになっていたことをよく憶えている。その為デッサンが安定せずに大変苦労した。僕は本来はとても小さな絵が安定することに気がついてはいたが、新しい表現の為に背に腹は代えられないと思っていた。

 さらに主線に関しては独自の路線を貫こうと僕は思った。実は過去の日本のアニメーションを閲覧していて大変気になったことがあったのである。デジタル化が進む前のアニメーションは鉛筆の線の上に色が載って、線の色自体が微妙に変化していることに僕は着目した。そして、その過去のアニメーションの画風を再現してみようという試みを行い、結果として大変な苦労をしたことを憶えている。まず単純に塗りつぶしツールが使用困難であった。というのもクリップスタジオというツールがその時期は発売したてということもあってか塗りつぶしがまだ甘く、そこまで厳密には広範囲の塗りつぶしが不可能ということであった。また、大サイズによる制作の影響もあってかソフトウェア自体もフリーズすることが頻発し、異常なストレスの中、僕は誰も制作したことのないとんでもない作品を作り始めたのである。

 漫画の相談役をかって下さった松本さんはどちらかと言えば僕に対して何故か呆れている印象であった。「こりゃあ売れるよ」とまだ作品が出来てもいないのにも関わらず気楽な発言していた。

 僕はその時はまだ資金的に余裕があったものだから、松本さんに対してある要望をした。「今度一般向けの作品も作るのでその研究もかねてTRPG(テーブルトークアールピージー)をやってみたい」と。以前より松本さんがD&DというアメリカのTRPGを同好の士と共にプレイしていたのを僕は知っていたのである。

 僕が要望すると、松本さんはそのTRPGircチャンネルを紹介してくれて、僕はそこに参加をする形でTRPGをプレイし始めた。ただ、これが結局は大失敗だったのである。そのircの中には新潟県在住の男女がおり、僕はどうもその二人と相性が悪いのかまずその二人と衝突してしまった。そして、その集団の中でコミュニケーションをいまいち上手く取ることが困難となり、徐々にTRPGをプレイすること自体が苦痛になっていってしまったのである。

 ただ、カラーイラストの技法を試すという点でだけはこのTRPGは好都合であった。キャラクターの絵をウェブサイト上に載せるのであるが、僕は僕と松本さんの動かすキャラクターについては自身で作画をしていたのである。これについてはかなり色々なソフトウェアで色々な画風や絵柄を研究出来たので大変助かったのだが、結局制作時間が安定はしなかった。自分のキャラクターの絵はいつも適当に描いており30分~3時間程度で終わるのだが、さすがに松本さんに渡す絵のレベルを下げるわけにもいかず、資料を参考に頑張ってキャラクターを描いていた憶えがある。確かこの時に累計で30~40キャラクター程度は描いたと思う。

 作品の制作に話を戻すと、制作の最後の方はいつものように何故か借金をするハメになり、生きるか死ぬかギリギリの部分で執筆するハメとなった。また、TRPGの方も一度参加してしまえば最後までゲームに参加する形式であり、僕のスケジュールは非常にタイトなものとなった。制作の最後の追い上げは二ヶ月程度、平均睡眠時間一時間程度という形にななってしまい、僕は〝ストレスで本当に死ぬかもしれない〟などと覚悟をする有様であった。

 この作品の仕上げ、表紙の作成の時に奇妙な事が起こっている。松本さんに僕は表紙の作成を依頼したのだが松本さんはその表紙の作成をうまくこなすことが出来ず、僕は大変に焦ってしまった。僕としてはこの〝電子書籍の表紙を作成する〟という行為が大変に苦手だったのである。というのも、何故かこのPCの成人向け同人系電子書籍サイトにおいては〝作品の表紙は内容をコラージュして作成する〟という形が一般的であった。僕はこのコラージュという文化が意味不明過ぎて、人にやってもらいたかったのである。

 そこで困った僕は松本さんに対してその時だけはわざと嫌みを言ってハッパをかけてみたのである。「松本さんはこの手のデザインは得意ではないのですかね。本業のウェブデザインと比べるとちょっとレベルが落ちますね」と。

 すると非常に不思議な事が起こったのである。松本さんは急にヘラヘラ笑い出して「ああ、閃いたわ」などと言い出して、凄まじい出来の表紙を一発で作り上げた。その表紙は、まるで口を挟む余地のない完璧な出来だったので僕は驚いて「これですよ!これ!これで行きましょう!」と大興奮してしまった。

 作品を販売してみるとやはり売れた。ただ、このフルHD路線という僕が作り出した形態が余り作家達の間で流行らなかった事は大変に不思議であった。僕は未だに〝もしPCやスマートフォンで作品を制作するのであれば、その解像度にあった独自のスケールで制作しなければならないのではないか〟という煩悶には時折悩まされる。ただ、何故かこの電子書籍サイトで執筆している人達はあまりその点にはこだわっていないように見えて、本当に不思議に思う事がある。

 これが二作目を作っていた時の話であるが、松本さんとのやり取りは大変に不思議であった。松本さんという人は共に仕事をすると彼は僕に対していつもこのようなことをしていたのである。僕が彼に助けを乞うと一回は必ず大失敗をしてしまうということがあり、僕はその点に関しては非常に戸惑いを憶えていた。何故、松本さんはこのような失敗をしていたのであろうか。僕と松本さんがうまく連携を取ることを阻む動きが当時発生でもしていたのかと僕は疑っている。

 この事案についても専門の機関による捜査が必要だと僕は思うのである。

・2014年12月に発生した兄名義のオレオレ詐欺事件についての話。この辺りの時期に僕の母である原田和恵はオレオレ詐欺に引っかかってしまっている。当時の話を出来るだけ思い起こして書いてみるが、当時、兄を名乗る謎の男より母に対して電話がかかってきたそうだ。その内容は、兄が浮気をしてしまいその対処の為のお金として三百万円程度直ぐに銀行口座に振り込んで欲しいというものであった。

 僕は当時、母よりその件に関して相談を受けている。どうやら贈る金額が足りないということであり、僕に百万円ほど援助して欲しいとの旨を母は僕に電話で伝えてきた。僕はその際に「それは本当に兄なのか?」という旨は確認している。すると母は「多分本当よ。どちらにしても兄に対する仕送りに使っていた銀行口座に振り込むのでまず大丈夫」という事を言っていたので、僕はその時は百万円を母に送金したのである。

 僕が百万円という大金をあっさり母に送ったのにはいくつか理由があった。兄は以前より母に対して謎の金の無心をすることがあった。また父が「あいつはそういう馬鹿な事はしない男だよ」とあっさり言ってこの件から手を引いたという事も母から聞いていたので、どうせ今回も変な理屈を付けて母から金を無心しようとしているに違いないと思ったのである。

 また、その時はちょうど僕は成人向けの電子書籍二作目を売り出した時期であり、それなりの大金を持っていた。兄に対して遠回しに送金をするのも良いかなどと思い、母にお金を貸したのである。僕は母にお金を貸したものの、そのお金は返ってこなくても良いなどとと本当に思っていた。

 結局のところ、母が兄の銀行口座に送金をしたところ、犯人グループが正常に送金を成されていないなどと怒り始めてしまったそうである。そして山口県警察が最終的に出てきてしまい、この案件がオレオレ詐欺集団によって引き起こされたということが判明してしまった。その際にこの事件を担当したのは山口県山口南警察署刑事課、山口県巡査部長である香川聡であった(これは余談ではあるが香川という姓はその発祥が現神奈川県である相模国高座郡香川であるそうである)。

 結局このオレオレ詐欺事件は未遂に終わり、僕の元に母に貸した百万円は返ってきた。しかし、この事件は僕の両親に対する信頼度を極端に低くした。この事件以来、僕は両親と積極的に対話することを避けるようになってしまった。

 また、この事件は母の精神面に対して与えた悪影響も甚大であったと僕は思っている。あれ以来、その手のオレオレ詐欺の話を母が見聞きすると、母は心的外傷を抉られるのか強烈なストレスを感じてしまっていたようなのである。

 僕が思うに、この2014年12月に発生した事件については僕の通帳の貯金額等、個人情報を犯人グループが把握していた可能性があると思っている。また、犯人グループが僕の家庭の不和に関して情報をあらかじめ得ていた可能性も当然あるだろう。これは警察も絡んだ事件なので、多分情報を集めるのはたやすい案件である事はおおよそ間違いが無い。

 この件に捜査にあたる際には、犯人グループが持っていた情報に着目するとアメリカなどが僕の一族に対して行っていた操作の内実が見えてくるのでは無いかと僕は思っている。

 アメリカなどが僕の一族やこの山口県南部に対して執拗に嫌がらせを行っていたという僕の考えはあくまでも可能性の話である。ただ、このように過去には刑事事件なども実際に発生してしまっており事態が予断を許さない状況である事は間違いがない。例えばこの事件を行った犯人グループ達などに対して時効などが成立してしまうと、このアメリカなどの嫌がらせが実際に起きていた証拠自体が無くなってしまうわけである。

・僕の漫画の相談役をやっていた名古屋市に住む松本光平という人物についての話。この人物は僕が名古屋に住んでいる間、僕を様々な形で助けてくれていたのだが、その間に色々と不自然な事案に遭遇していたのをよく憶えている。

 自宅前に置いていた通勤用の自転車を何者かに盗難される、クレジットカードが不正利用されてしまいクレジットカード会社から連絡が入る、転勤の話が出てきて予定勤務地が二転三転する、僕と共に名古屋市の道路を自転車で走行している最中に猛スピードの車に轢かれかけてしまう、などなど。

 それらの心痛があったためか、松本さんは徐々に精神的に追い詰められていっていたように僕には見えた。彼は胃を酷く痛めてしまうことがあったし、毎晩ワインなどを飲むことが習慣になってしまっていた。そして、年に対して不相応な白髪が前面に生えてくるなど、彼の気苦労が多かったことは傍目にもわかった。

 さらに僕が気になっているのが、松本さんのお母さんについての事である。松本さんのお母さんは名古屋大学アルツハイマーの研究をなさっていたそうだけど、その退職後、更年期障害となってしまい松本さん曰く、ずいぶんと精神的に荒れてしまったそうである。

 僕はこの名古屋市に住む松本さんの家に対してアメリカなどが嫌がらせを仕掛けたのでは無いかと疑っている。思い返してみると死を予感させる展開も松本さんの身には度々起こっていたように僕の目からは見えた。

 これは明確に警察の職務の範疇に属する案件であり、捜査の必要性を僕はひしひしと感じているのである。

・僕の母は乳がんの影響により、糖尿病になった。その結果視力低下などの症状が出てしまったのだが、その治療に際しての話。母の眼底にレーザーを当てて治療することになったのだが、手術に入る際、医師が痛みが無いと母に嘘を付いたそうだ。それでレーザー手術をした母は猛烈な激痛を伴い(眼底には麻酔が効きにくいそうだ)、二度と眼の手術をしたくはないという思いをしたそうである。ちなみに母の視力改善に対しても少しだけ妙なことがあり、視力が下がった際の医師の所見は〝治る見込みがあり〟で、その後は〝治る見込みが無い〟ということになってもいた。こちらに関してはそこまで問題がないように思えるが、嘘を付いて手術を受けさせるという手法自体が僕は好ましくないと思う。

 痛みがあるならあるで心構えも出来るのに、それを伝えないことはれっきとした医療ミスである。もっとも、父が言うには医師も自分の目のレーザー治療をしたことがないわけだから痛みがあるかが判断できないのだということであった。

 ちなみにこの件に関わった医師はもう異動してしまったようだ。この件に関しては、アメリカの嫌がらせかどうかいまいちわからない。調査が必要な案件である。

・名古屋で遭遇した奇妙な人達について。そういえば、僕は通りすがりの人に道を尋ねられることが多かった。それこそ老若男女、若い人からご老人までの迷った人に道を聞かれる有様で、困惑はしていた。

 一生懸命、憶えている範囲で道を教えてはいたが、あれはいったいなんだったんだろう。

・ルナ。父の飼い始めた二匹の犬のうち、メスの方のダックスフンド。この犬が死んだ時、父は「除草剤や農薬がまかれると、背の低い犬などは影響を受けて体調が悪くなる」というようなことを言っていたが、これは何かの嫌がらせなのか?

・小西についての話。amazonの古本の転売屋をしていた大学時代の同期。僕を金銭的に買収して、ダミー会社を作って作品の量産を試みようとしていたものの、漫画の転売等をやっている人間だということがわかったので断った。あれはなんらかの操作が小西に入った結果なのではなかったのか。

 その後はストーカーと化したような気がするが、そもそもこいつ自体が悪かったのかはいまいちわかっていない。

宇部のセントヒル病院で、母が癌の検査をしてもらっていたという情報を少し得た。何故、母の癌は進行速度が速い種類の癌だったとは言え、いきなり第四ステージで発見されるという形になったのだろうか。僕はこれについてはアメリカの嫌がらせを疑っている。

 

・アダルトビデオの健全化についての話。2016年度あたり、DMMをアメリカがモラリティの側面からアダルトビデオを材料に攻撃していたように僕には見えた。ブルームバーグのアダルトビデオの強要周りの記事がそれである。

 ただ、もし僕の想定が正しければ、環境要因等、収集した個人情報を活用したうえで日本の人間を操作して、その操作した人間達を地方から東京に集めることでその人間の社会的地盤を無くしていったのは当のアメリカである。

 またその結果として、性産業に従事せざるを得なくなった人間はたくさんいた。そうなると、アダルトビデオに女性を追いやっていたのはアメリカということになる。そもそも人間は強い不満がかかると性欲を強くなるのだ。例えば住んでいる家の近くで工事が始まることで音が発生したり、家族が仕事を失い借金をする等、そういったことで普通の人間は容易に不満が溜まるようになっている。そういった操作が女性達に入った結果、アダルトビデオ業界に行かざるを得なくなったのではないか、そういう事を僕は考えているのだ。

ちなみにこの考え方の証拠となるような記事が最近出てきている。西日本の女性達がAV嬢や風俗産業に落ちていき、梅毒に罹患しているという記事が2019年2月19日、quoraというウェブサイトで執筆されていた。また、どうも風俗産業に陥るのは本来の生活基盤でない土地で生活している為、というあまりにも当然な情報が様々な情報媒体で散見されたため、僕はこのような考えに至ったのである。

 話を戻すと、僕はこの流れには日本の電通も関わっているのではないかと考えている。性産業に従事する人間は全人口の10%程度という統計があるのは周知のことかもしれないが、日本は他国と比べ特別にアダルトビデオの本数が多くないか。僕は性風俗と、下手をすると未来永劫映像データがネット上に残りかねないアダルトビデオとでは問題が違うように思えるのだが。電通が勢力を持っていた時代のテレビメディア等も、日本におけるアダルトビデオの興隆に一役かっていた気がする。この件はとても僕は怪しい話だと思っている。アメリカと電通が、日本の個人情報を収集して操作して、東京一極集中状態を作り出したひずみなのではないかと疑っている。つまり操作によって、まず地方の有能な人間を東京に呼び寄せる。そしてアメリカと懇意にしている支配者層の日本人の世話をさせる奴隷にする。当然、東京で性産業に従事する女性も、操作をされて東京に引き寄せられたのでは無いか。僕はそう考えているのだ。

・ 2017年辺りに警察よりAV業界に対して〝本棚撮影禁止〟が出されたという話がtwitter上で流されていた。これはもしかして、AVを見ると、本棚に配置してある対象の東西がわかってしまうからではないか。そして、本棚の配置は西日本のモノが多いのでは無いか。青色や英語の背表紙が窓側の位置に来て、赤色や日本語タイトルが窓から離れた位置に来る。西日本の本棚の配置は実はそのようになっている傾向がある。

 ジュエルというAVメーカーの母乳モノのAVなどは、AV女優(女優の姓は奥山。山形県に多い姓のようだ。これは西日本の女が東日本の姓に書き換えられた現象の可能性あり)が赤ん坊と共演したりしている。これは、もしかしてAV女優の家で撮っていたのではないか。

 また、こちらの作品には恐らく女優当人による削除申請がいっていない。2019年5月21日現在、ポルノチューブという海外のフリー系アダルト動画サイトで無料で閲覧することが出来てしまう。この女優は実はすでに人生の前途のなさを悲観して自殺しているのではないか。

同人活動をしていたアパートの話。どうも奇妙なことが多かったと思う。特に音周りで。アパートに入って2年目くらいだと思う。僕が23時頃に、空き缶を整理していると下の部屋から軽く小突かれるという出来事があった。

 それで僕はなるべく音をださないようにしようと思っていた。ただ、ときおり、スピーカーで音楽を聴こうと思い立ち、スピーカーで音楽を聴いていたりすると、他の部屋からのスマホゲームの籤を回すようなゲーム音が聞こえたりして、『ああ、近隣住民に迷惑かな』と思い、すかさず音楽を聴くのを辞めたりしていたんだった。

 このゲームのくじを回すような音が窓越しに聞こえてくる、というのが実はこの話のミソで、脱法賭博のようなものがスマートフォンを介していつでも手を染めることができる仕組みというのは非常に不味い。アパートの窓を開けているだけでくじを回す音が聞こえて、それに影響されて誘導されて賭博をしてしまうというめちゃくちゃな状況が成立してしまうのだ。今すぐに日本国はスマートフォンによる賭博を規制した方が良い。アメリカに金を吸い上げられているだけである。

・ネットの拒否権がない仕組みはちょっと不味い。pixivで活動したりtwitterで活動したりする作家などに、操作された人間が粘着質な攻撃等をメールで加えれば、簡単に精神を折ることが出来る。今までも実はやられていた可能性が大。作品の感想でもこれは可能である。だから僕は極力作品の感想を見ないようにしていた。この仕組みは操作を受けている弱小国家には不利に働く可能性が極めて高い。調査が必要な案件である。

・GOTの孝学さんに「今、実家の田んぼが空いていて気になっている」という会話をすると、その少し後に実家の田んぼの買収の話が来た。『東京』の不動産屋から一件、岩国(ここには米軍基地が存在する)の不動産屋から一件である。僕の個人情報が、日常会話レベルで漏れているような気がするのだが、これは一体なんなのだろうか?僕はこれらの事例を元に、僕の個人情報が守られていなかったのではないかと疑っているし、攻撃もされていたのだろうと推測している。

・不満が溜まると僕はソーシャルゲームによる賭博行為をやっていたように思えるのだが、これに関する話題。どうも作品の制作が終わり売上が出て、僕がお金を大量に持っている際に籤を回すと、SSR等の当たる確率が低い希少性の高いキャラクターが当たりにくく余計に課金してしまった、という現象に遭遇したタイトルがある。Fate/Grand Orderとドラガリアロストというゲームがそうである。これについては当時僕が引いた籤の結果を調べて頂ければはっきりとわかると思う。なんと言っても、僕の場合、こういったことが3回あった。確率論的にちょっとあり得ないことが起きていたのだ。

 これはゲーム会社側の恣意的な操作の結果では無かったのか。また、これらのゲーム会社は僕の詳細な個人情報を取得して、それを許可無しに濫用してはいなかったか?

 これについて調べることは恐らく、最大級の危険が伴うと思われる。実を言うと日本においてソーシャルゲームの規制を行おうとした官僚夫婦が謎の自殺を遂げたという噂がネット上でまことしやかに囁かれているのだ。調査を行う際は、最大限の注意を要して頂きたい。

・また、奇妙だなと思ったのが、ドラガリアロストの課金に散財した後に、松本さんの働いている部署にサイゲームスの人が来て、グランブルーファンタジーを松本さんがやり始めたことがある。

 それで僕もちょっとやってみようかな、という感じになって、1万円課金したら、籤で当たる確率が低い希少性の高いキャラクターが当選した。

 僕が同社のアプリのゲームで操作の可能性が高いことをアップルに言った途端というタイミングだったが、僕の個人情報は本当に丸裸だった可能性が高い。何故、こんなことになっているんだろう。まるで何かが僕を囲い込んで、僕の金を吸おうとしているみたいだった。

・確か1月の話。僕が一般向けデビューの為昨年の11月頃に描いていたネームは、山口県の田んぼの生態系に関するモノで自然モノであった。内容としてはイモリが主役でアメリカザリガニ等が登場して、少しだけ生態系の破壊という要素も出てくるような内容であった。

 1月初旬の名古屋から山口に引っ越しをするあたりで読売新聞のウェブ版にアメリカザリガニは川の生態系を破壊したが、日本産の種も他国の川の生態系を破壊した、という記事が出ていた。あれは一体なんなのであろうか。

 あり得ないとは重々承知しているが、僕はそのネームを書く際にグーグルなどの検索エンジンを利用して、生態系の解説をしているウェブページやyoutubeなどを資料として閲覧した。ひょっとして、その検索データなどの個人情報が知らぬうちに漏れており、それに合わせた記事を読売新聞が出した、という可能性について考えてしまう。本来であればあり得ない発想ではあるが、ここまで状況が積み上がってくると、もうよくわからなくなってくる。

・2018年6月24日15時36分、名古屋の松阪屋内にあるヨドバシカメラニコンのD5600とシグマ18-300mm F3.5というレンズを購入した所、レンズの方がキヤノン製になっているという取り違えが発生した。その事に自室に帰宅後気がついたので、翌6月24日15時36分、レンズの製品をニコン製品に入れ替えて貰った。またその際に保証書を持参するのを忘れて、一日に自室から三往復程度して、返品を頑張ったことがある。

・原田伊織。信憑性のない資料を参考に長州藩を悪者にする嘘歴史を構築した作家が2018年末辺りに出現した。また、これまでにもしばしば散見される長州藩が東北諸藩で悪逆非道を働いたというデマゴーグ山口県民に対する心的外傷を与えている可能性が高い。これについてはアメリカの操作なのではないか。

山口市の商店街内の東天閣は中国帰化人が始めた料理店でとてもおいしい店だそうだ。母の昔の教え子がどうも経営しているらしい。ただ、息子さんがカナダと長野に行ってしまったようである。どうも僕はこの山口県人間について思うところがあるのが、〝東京や東の地へ操作されて誘導されているのではないか〟ということである。特にその操作が有能な人間にほど強烈に働いていた気がするのである。

・嘉川に住んでいる有田、という前市議会議員さんについて。共産党と関わりがあるというデマをネット上を流されて、市長選挙県議会議員選挙に落選。これはいったい、どのような人間がその情報を流したのか、調査が必要である。

 さらにいえば山口県南部は市長が市役所を小郡辺りに持ってくるという口約束を反故にしたりして実はめちゃくちゃにかき回されている。〝約束を無かったことにさせる〟というのは、実は操作の典型的手段である。期待したことを無かったことにされると、人間はもの凄いストレスを感じるようになっているのだ。

・僕の大学時代に彼女から貰った誕生日プレゼント、ポールスミスの財布の話。僕は名古屋にいた最後の年まで実はこの財布を使っていた。つまり、プレゼントされてから12年くらい使用していた計算になる。結局それまでに藤田以外に好きな女というのが出来なかった。まぁ僕はそもそもそこまで女好きというわけではないので、女漁りみたいなことをしていなかった、というのが正しいのかもしれない。結局、女の子から何か物を貰ったのが初めてなので、大切にはしていた。ただ、もう小銭入れに穴が空いていて、時々小銭が落ちていたのだ。

 2018年頃、名古屋のテラッセの辺り、川沿いの道を歩いている辺りで後ろから二人組の警察官に呼び止められた。そして僕の自転車が盗難車かどうかについて調査した後に、「財布に刃物が入っているかもしれないから渡して下さい」と言われ渡したら小銭がボロボロ財布から落ちた。警官は笑いながら「あっごめんなさい、ごめんなさい」と言っていて、なんだかとても恥ずかしくなって、さすがに財布を買い換えた。

・僕のとても仲が良かった友人たちについて。僕の幼少時からの友人は皆ネットゲームに重度の依存状態になっており、しかも大体がネットゲームを一緒にやらないかと誘ってきたことがある。中村はグラナドエスパダをプレイしており、共にやらないかと、この名古屋在住時代に誘ってきた。岡村は大学時代にラグナロクオンラインにはまっており、誘われて試しに一緒にやってみたことがある。上野は就職後船の上でレッドストーンをプレイしていたが、誘っては来なかった。松本は信長の野望のネットゲーム依存症で僕も一緒にゲームをプレイしたことがある。

 これらの事例は偶然にしてはあまりにも多すぎると僕は思う。実を言えば別段、ネットゲームをする人間を友人にしてきたわけではないのだ。例えば中村と上野は元々そこまでゲームをするタイプでもなかった。ストレス等の環境によりネットゲーム依存となってしまった可能性が極めて高いのである。

 こうなってくると友人を操作して僕をネットゲーム依存症へと引きずりこむつもりだったのかとどうしても疑ってしまう。結局僕はネットゲームがそこまで好きではなかったので、その難を逃れただけで。

 

9、山口時代

・2019年1月、僕は山口市江崎の住所に帰還してきた。しかし、僕の家のすぐ向かい側にある田中さんの家は廃墟になっていた。なんでも、住んでた住民が東京に移り住んだということであった。ちなみに〝田中〟と言えば僕が仲が良い友達と同じ単語の姓だ。また、同じく僕の家から見て廃墟になっている家がある。それがどうやら河村、という家であった。こちらも僕の昔の友人の姓の家である。

 僕が考えるにこれは典型的な情報操作の手段である。〝姓〟や〝名前〟というのは印象操作にとても有効なのだ。操作をかける対象の人物に対して姓や名前のイメージを落とす情報を与えることで、対象人物の好きなものや嫌いなものを操作できる。行き着くところまで行けば、心的外傷を与えることが出来、さらに強烈な操作が可能になるという仕組みになっている。

 これらの廃墟になった家はアメリカが僕を実家から切り離す為に離間工作をかけられて廃墟になってしまった可能性が高い。

 さらに言えばこの田中の廃墟からシロアリが発生している。このシロアリの発生している可能性が高い家の目の前に、僕は仕事場を建てる予定なのである。

・家に帰省してまず驚いたのが両親の食事である。朝ご飯はパン、コーヒー、牛乳、きのこ、キャベツ、ブロッコリー、ヨーグルト、(オランダ)イチゴ、バナナ辺りのメニューで固定している。昼は麺モノと言って、そばやうどんなどが多い。夕飯にはフランス式のご飯が出ることが多い。母曰く、「ご飯を作るのがしんどいの」ということだった。父曰く「米を炊いても母さんが食べ過ぎたりしちゃうからなぁ」ということを言っていてわけがわからないと思った。

「いったいなんでこんな食事なの?別にご飯炊いて3食食べるのが一番楽だろ」という。そのような旨を父に伝えると、父は奇妙なことを言いだした。「そうか、これは父さんがかなり頑張って考えたメニューなんだけどなぁ」と。

・この嘉川下高根一帯のインターネット回線について。僕が2019年1月に帰省した当初、僕の父はこう言っていた。「この辺りで一番速度が出る回線はケーブル回線だ」と。僕はそれを不思議に思った。というのも、一般的に考えれば速度が出るのは光回線というケースが多いからだ。

 父にそう聞いてみたところ、よくわからない回答が返ってきた。父の兄も実は光回線を導入したことがあるそうである。その際、導入した最初の方は光回線の速度はしっかり出ていたそうなのだが、結局しばらくするとケーブルインターネット並みに速度が落ち込んでしまったらしい。

 僕がこの住所に住み始めた2019年1月当初では、このケーブルインターネットの速度というものは速度がとても低い状態であった。何故、光回線を使ってそのような速度に落ち込んでしまうのか理解に苦しむ部分である。それはつまり、経由する所が多いのではないのかと思ってしまうが真実のほどは定かではない。

・2019年1月頃。youtubeのjpopメドレー生放送を視聴していたところ、「親の頭をバットで割る」等のコメントが龍という、中国人のようなネームで流された。そこのコメント欄には不確かではあるが、名古屋のおかん、というネームの者が前もって不安にさせるような意図不明な書き込みを連ねていた。これに関しては僕に対する操作だったのだろうか。 当然のことながら、これらの事例がただの偶然である可能性はあるものの、僕は当時父に関してストレスを感じていた状況である。こういった、〝子が親と同居している状態でストレスを子が感じている〟という条件下にこのようなコメントが流す、ということは操作の要因であった可能性がある。

 例えば2000年代に入ってからこの国ではよく、ニートの息子が父親を殺すといったような事例が発生していたが、これは操作によるものではなかったか。個人情報を収集してさえいれば父子の不仲など容易に判明してしまう事柄である。

 この状態にある家庭を狙い、父を殴る等の情報をその子に与え続ければ、精神的に弱った状態であるニートの息子は容易に操作されてしまうのではないか。調査が必要な項目である。

山口県の実家に帰った当初、2019年2月頃、僕は朝のジョギングを日課にしていた。ここから今津川沿いに海まで向かっていくというジョギングコースを僕は毎日走っていたのである。その海沿いの道を実家の方まで帰って行く際に、小郡道路手前の小道で巨大な野良犬が出現したことがある。

 遠目に巨大な犬を見て、慌てて進路を変更して走り去り難を逃れたわけだがあれは何者かが僕を殺す気で放ったのかもしれない。何故なら、その頃には僕はこのような記述を開始していたわけであり、その僕の行動が目障りな人間もいた可能性があるからだ。

・一月末から2月初旬にかけて。夜半、僕の寝室が謎の青いサーチライトで照らされた。父曰く「そんなことは不可能だ」ということであった。実際、僕が当時寝ていた実家の二階の真ん中の部屋は目の前に道路など存在せず、ライトを当てることは物理的に不可能であった。

 ・山本宏樹という富山県の警官が、前田という男に襲われ頭をハンマーで殴られた、という記事が日本の2019年1月初旬辺りに存在するのだが、この山本宏樹という名前は僕の昔の名前である(僕は子供の頃、山本から原田に名字が変わっているのだ)。また、僕の友人や僕自身の名前、それらに関係するキーワードを持っている人物が次々とニュースに登場し、犯罪に巻き込まれたり、犯罪を犯したりしていたのを憶えている。それに関する証拠は残っているのではないのだろうか。

 さらに2019年1月20日。僕は人間ドックによる診療を小郡の山口総合検診センターで受けている。その際、一緒に診療を受けた患者の中に山本宏樹、という名前の人物が確かにいた。その名がセンターの看護師により読み上げられて呼ばれているのを確かに聞いた。続けざまに二人、僕の昔の名前そのままの人物が二人登場したのである。これについてはちょっと混乱させられた。もしかして、僕の昔の名前を僕に対して頻出させることで、僕の精神に異常をきたそうとしたのではないかと僕は疑っている。

 また名前に関してはまだあって、父が言うにはフジイリツコという名前の女性と人生で三回遭遇したことがあるそうである。どの人物も美人であったと父が感じたそうなのでよく覚えていると言っていたが、これに関しても操作の可能性が高い。エヴァンゲリオンの人物名に関しては僕に対する操作の要素として非常に使われていたようである。

・2019年2月辺りに岡屋のジュンテンドーで神社のお札を飾る木製の札置きを購入している。しかしこの札置きは初期不良品で、製品が不自然に欠けた状態であった。そこで木製の欠けた部分をボンドでくっつけたのだが、結局色合いが一致せずに困惑してしまった。この札置きについての写真は撮影し、念のためグーグルドライブに保存してある。

・そっくりさんについて。僕の大学時代付き合っていた藤田という女性にそっくりな女性を僕亜は4人発見している。一人目は坂上美優。朝までいっぱいエッチしよっというAVシリーズのvol10に出演しているAV女優。二人目は優希みなみというジュニアアイドル。三人目は美谷朱里というAV女優。この辺りの女性に関しては本当に容貌がそっくりであり、僕もとても気に入っていた。しかし、今となっては僕に対する操作に使われていた可能性が高いと僕はいぶかしんでいる。。ジュニアアイドルやAV女優などに昔付き合っていた異性にそっくりな人物を配置することで、アメリカや東京に有利に働く操作を仕掛けていた構造を僕は予想している。このそっくりさんを使った操作は昔から一般的だったようであるが、僕に対してはちょっと数が多すぎる。調査が必要な案件である。

・2019年3月辺り、楽天のウェブサイトに個人情報を登録した途端、詐欺の疑いのある番号から携帯電話に電話がかかってくる。これはいったい何だったのだろうか。楽天の個人情報保護システムが甘いということなのか、それとも楽天から僕を遠ざけようとするアメリカによる情報操作の一種だったのか。仮定の話ではあるが、日本のウェブサイトに日本人が登録などをしたときにこのような現象が起きていなかったか。そして、それこそが日本がIT産業で世界各国に遅れを取った原因ではないのか。この辺りは調査が必要な項目である。

・僕の家の前にあるバイパス、小郡道路(国道2号)の話。この道路について父が、「以前から夜半に暴走族のバイクが走り回っており非常にうるさい。ただ、カメラが道路についているが、動いていない状態な為バイパスから降りて逃げ放題であり対策が困難である」ということ言っていた。ちなみに僕は山口県警にバイパスの暴走族が以前この辺りが寝静まっている時間帯に騒がしかったのか聞いてみたことがある。しかし結局、どこからバイクが来ているのか消息は知れなかった。捜査状態を喋るわけにはいかないということであった。

 ちなみに 2019年4月12日午前0時17分。実際に暴走族のバイクがバイパスで騒音を流したことがある。その際僕は騒音から起床しすぐさま警察に110番通報をしている。その際に電話対応をした警察官は「その騒音を出したバイクは、どの方向から来てどの方向に向かったか」「その騒音を出したバイクは何台であったのか」ということを聞いてきた。しかし、当時の僕は寝ている所を起こされた苛立ちから少し粗雑な対応をしてしまった。それに、そのようなことが当時はわかるはずもないと思ったのだ。

 そして 2019年4月18日午前2時32分、小郡道路よりさらに大きなバイクの騒音が発生した。その際は僕は警察に110番通報をして、「宇部方面から山口方面へ複数台のバイクが騒音を出しながら移動している」という旨をきっちり伝えることが出来た。この日に発生した騒音はかなり大きな音だったので、方向等がわかったのだろう。

 これらの状況から、恐らく父の言っていた「以前から夜半に暴走族のバイクが走り回っており非常にうるさい」という話はおおよそ正しかったことが類推される。

 ちなみに2019年5月現在の時点ではそのような騒音がすることは少ない。これは山口県警が頑張って対策を練ったのだろうか。

 もしくは今まで嫌がらせをしていた当のアメリカが、僕がこのような情報を報告していることに気づき、その操作を辞めてしまったのか。それはわからない。この件に関して、捜査と報告を僕は望む。

・あおり運転で捕まった男がテレビで報道されていたが、その男に煽り運転を受けたかもしれないという話を2019年2月辺りに父から聞いた。父はそんなに普段から煽り運転を受けているのだろうか、と思ったが、僕自身、母のマーチの車に乗っていて四月頃、大型バイクからの煽り運転を受けている。左折用のライトを点滅した状態で車の真後ろを蛇行運転される、といった類いのモノである。ただ、どちらにも証拠がないかもしれない。というのも、この山口市の道路に設置してあるカメラは動いてない場合があるそうだからだ。ちなみに僕がその煽り運転を受けた場所は国道190号線である。

 自身が煽り運転にあって初めて、これを父や母が頻繁に受けていた可能性があるのかと思い立ち、身震いがしてしまった。そのバイクは阿知須から宇部産業道路に入る寸前までずっと僕の運転するマーチ車の後ろを付いてきていた。この運転していたマーチ車は母の車を借りるという形で僕が運転していただけなのだが、母の車を見て嫌がらせをしていた可能性があるのだ。

 以前、僕の兄が自身の人生について兄や母が「アフガニスタンに生まれるよりはましだ」、「アウシュビッツにいるよりはましよ」などと語っていたのを覚えているが、どうも客観的に見て、それらの環境よりも酷い状況だったのでは無いかと思える。詳しく調べてもらわなければわからないが、かなり長期間にわたって犯罪や嫌がらせを使って僕の家族を離反させて、病気にさせていたことが予想される。

 ただ、本当に気になるのが、これをアメリカがやっていたのか、ということである。

 もしそうなのだとすれば、こういうやり口が軍事力が背景にあれば許されると思っているのだろうか。

 未開の社会が残る文明レベルの時代ならいざ知らず、このレベルまで世界全体の社会状況の段階が上がってしまえば、明確に問題になる気がするのだが、何故このようなことをしていたのだろうか。調査が必要な案件である。 

 ・父が2019年1月辺りに購入した自動車について。まず、こちらの自動車はディーラー側から一切調整がされないままに送られてきたそうで、父が自力で機器の調整をする羽目になったらしい。さらに、駐車する際に使うバックカメラの映像がズレており、僕は父と共にそのズレを確認している。その後、父はホンダの工場に修理に出したものの、車のトランクドアが勝手に開くことが2ヶ月で4回あったそうだ。多分、これはもう駄目な車なんだと思う。ちなみに、この車を父に売った三輪という男はその後ホンダの店の店長に昇格したそうである。何故、このようないい加減な仕事を行ったディーラーが店長になってしまうのか、ホンダという企業の仕組み自体を疑わざるを得ない。

 また、父に聞いた所、昔は小郡のホンダのディーラーと懇意にしていて、本来ホンダの車はそのディーラーから買うようにしていたらしい。しかし、父が心筋梗塞で弱り切り、自宅で療養していた所、その小郡のホンダのディーラーが訪問し、買ってくれるまで家から帰らないということをやったそうである。俺俺詐欺など、老人を狙った悪質な詐欺と同じ構造である(対象が弱って判断能力が鈍っているときに強引に商品などを売りつけに来る)。

  それを聞いた僕はさすがに激高し、ホンダ自動車の問い合わせ窓口に電話をしている。ホンダ自動車の公式ホームページに載っていた電話番号に電話をかけてみたところ埼玉県の和光本社の方がその電話に出られた。まずイケガヤという女性社員が対応をし僕が状況を説明するとナガタという社員に電話を取り次いでくれた。そこで僕がホンダ車の整備について述べるとナガタという社員は「それはあなたの主観の話ですよね」という切り口でこちらの言い分を封殺してきた。僕はその会話のやりとりをきっちりと録音している。この問題については正直な所まったく主観の話では無い。自動車の機器の調整がなされていないのは間違いなくその車の修理時に証拠が残ってしまっているし、もし証拠が残っていないのだとすれば、それはホンダが情報を隠滅したせいである。また、トランクが開いてしまうホンダの車自体が残ってしまっているので、調整等が成されていない痕跡が、僕の実家に置いてある父の車には明確に残っているはずである(2019年5月現在)。これらの状況を無視し、主観の話であると切り捨てるのは悪質な犯罪の可能性が極めて高く、僕は断固としてこれに異を唱えたい。

 ホンダが父に対してやっていたことはほとんど犯罪に近い。調査が必要な事例だと思う。

・2019年2月12日。脚の痛みを阿知須共立病院で訴え、MRI写真を取って貰った所、僕の両足は疲労骨折してしまっていた。

 この僕の足の疲労骨折は、実は、階段の上り下りによって発生した可能性が高い。そして、それというのも、両親が留守の時に、ちょうど僕が二階にいるタイミングで下の電話が鳴り、僕がそれを取りに行って階段を往復する、ということが2019年一月辺りに頻発したからだ。僕はこれについてはかなり高い確率でアメリカによる操作だと思っている。僕の足を潰して、精神的に弱らせたうえで、精神病院に連れていき、頭がおかしいということにしてしまえば、アメリカが今までやってきたことを隠蔽することが可能だったからだ。あの時点では。ここまで来ると、それももう無理なわけだが。

 それにしても何故、日本の公安などは一切動かないのだろう。アメリカに操作された結果、無能集団にさせられたか。僕に一切連絡を寄こさないくせにテレビに出演して、ベラベラと手の内を明かしていたのを2019年3月23日辺りに見た。

・新型ペンタブレットwacom cintiq pro 24 Ergo Stand セットを購入した。製品が家に届いた際に、ペンタブレット本体を持ち降ってみると、内部で外れたネジが転がる音がしていた。そこでペンタブレットwacom本社に送り返した。ワコムペンタブレットは以前の型もカラーリングがおかしいという初期不良に遭遇していたが、これは実は僕に対しての嫌がらせなのではないかととても困惑している。

スウェーデンハウス。東京都世田谷区に本社を置き、北欧スウェーデンの輸入住宅を専門に扱う住宅メーカーである。2019年オリコン顧客満足度調査ハウスメーカー 注文住宅において、5年連続で総合第1位の評価を得ている。

 このオリコンというのがミソで、小池聰行という人物が作り上げたシステムである。この人物は北海道出身であり、アメリカの操作に深く加担していた可能性が高い。北海道のアイヌ人というのは、どうもアメリカのお気に入りの遺伝系統の可能性が極めて高い。広島の爆心地あたりにスウェーデンハウスの住宅メーカーなどを置いている。このメーカーはつまり、原爆で焼いた土地に、北欧家屋を建てていっているのだ。

・3月初旬、僕がlifebearというアプリケーションにスケジュールをつけ始めた所、lifebearがハッキングを食らい個人情報が漏れた、という情報があった。

 これについては僕はアメリカの嫌がらせを疑っている。アメリカは昔から僕の個人情報をストーキングしている可能性が極めて高い。個人の情報をこのような形で追跡することは犯罪である。日本国憲法は一個人が自身の個人情報を保護する権利を尊重しているのだ。

・僕の家の前のシロアリについて。徳永さんが僕の家が所有している竹林からシロアリが出てきている、という話を持ってきたそうだ。そもそも僕の家の前の廃墟からシロアリが出てきている可能性が高いのだが、なんで僕の家のせいになるんだろう。

 この徳永さんという家は僕の家の目の前で、かなりうるさいリフォーム工事をしているのだが、業者を介した挨拶さえもしなかったそうである。いったいどういうことなんだろうか。

 そもそもこの話は、僕の実家の南側の家が二軒ほど廃墟と化しており、シロアリが大量にいる、という状況自体がアメリカの嫌がらせの可能性が高い。

・okamuraのコンテッサセコンダを購入したところ、アップグレードパーツが足りないことが判明。ランバーサポートとハンガー、そしてフローリングで使用するのでウレタン製のキャスターを注文しようと思い、説明書に記載されているアップグレード希望の際の電話番号に電話をした。するとお客様相談室で相談してほしいといわれた。

そして、お客様相談室に連絡すると、別のところに電話するように言われた。そこで、椅子に関する相談がたらいまわしにされていることを告げると、改めて連絡するという旨を伝えてもらった。結局、この電話でのたらい回しはなんだったんだろうか。

 また、今現在の僕の座っているコンテッサセコンダは実は初期不良の可能性がある。証拠動画ももちろん撮影している。

 コンテッサセコンダという椅子には座った状態から左側の肘掛け部分にボタンがあり、そのボタンを押すことで椅子の背もたれを固定する機能が存在する。その背もたれを固定することで普通の椅子として機能もするし、そのボタンを再度押すことにより角度を解除してリクライニングモードになり休憩することも出来る仕様になっている。

 僕の家に届いたコンテッサセコンダは前述したボタンによって、背もたれを一番前傾状態で固定してみて背もたれに少し体重を預けてみると5mm~1cm背もたれが動いた上で背もたれが固定され、さらに異音が鳴る、という仕様になっている。つまり、椅子としての本来の機能を果たせていないという意味不明なことになっているのである。また、前後移動をするとキャスター部分(推定)がとても大きな音を鳴らし、ストレスを感じる仕様にもなっている。

 当然のことながら、これが本来の仕様という可能性はもちろんある。ただ、この椅子は購入時に163,080円(固定型ヘッドレスト込み。ただし、ヘッドレストは座高の高さと合っておらず、装着はしていない)という大金を支払って購入している高級椅子である。

 もし仮にこのような製品が日本を代表する椅子として喧伝されて、全国に販売されてしまえば、日本人はストレスを感じて仕事に集中できなくなることうけあいである。僕がこれまで使用していた同じような仕様の高級椅子であるアーロンチェアは、少なくとも背もたれの固定はしっかり出来ていたのだ。

 僕はこの椅子が初期不良の結果生まれたものであると信じたい。

 

・2019年3月25日、ホームテックというリフォーム会社から連絡が入った。当時、僕は足を疲労骨折していた状態で二階におり、電話応対の為階段を上り下りするはめになった。父曰く僕の家の実家のリフォームをするという話はあまり外部に漏らしておらず、どこで個人情報を得ているかわからない、ということだった。これについては、昔から父は言っていた。やはり僕の家の個人情報が丸裸にされている可能性が高い。

・2月頃、僕が実家を出て仕事場を借りて生活するという話が出たことがある。

 母が言うには「青木の叔父さんの家はアパートを阿知須にたくさん持っているから、ただで貸して貰おう。家を乗っ取られて何も私は貰えなかったんだから、そのくらいいいでしょ」と、言っていた。僕は「ただはさすがに酷いから家賃減らして貰うくらいにしようぜ」、と返したが。

 どうも阿知須の青木家のアパートを頼る、ということらしい。青木家については以前記述したと思うがこれについて補足しておく。

 この家は僕の母方の祖母の生家である。つまり、僕の家とは血縁的に繋がりがある家である。

 この青木家の、僕の大叔父さんに当たる人というのはやり手の資産家だったらしく土地やアパートを大量に持っていたそうだ。

 ただ、この家は跡継ぎとなるはずの 一人娘 がヒ素中毒であった。そしてそれが関係したのか青木家の正当な跡継ぎが成立しなかったので、養子を取ったそうだ。

 その養子が、どうも母が言う所によれば問題のあるそうなのだ。血縁的に母は確かに正当な血族だとは思う。だって、血の繋がりがあるのだから。ただ、どうも母はアパートの賃金収入の分け前をほとんど貰えなかったことに対して不満があるようだ。というよりもあれは、『私は青木家の一員でもあるんだ』、みたいな意識で文句を言っているようにも思うけど。

 僕としてはしかし、養子がアパート収入等を貰っていくのは正当なことなのではないのか?と思うが、どうもその辺の事情については詳しく知らないからわからない。そもそも、その養子という人が母が不満を持つような人間なのだろうか?

 この養子の方はどうも現在、夫婦でアパート経営をやって暮らしているらしい。

 そしてそのアパート経営は大東建託という所に委託しているそうだ。この会社は東京の会社である為、これまで嫌がらせ受けていた可能性がとても高い。つまり、大東建託が僕の一族の資産を吸い上げて、追い詰めていっているといったような可能性があるということである。地区単位、一族単位でアメリカから嫌がらせを受けている可能性が高いのだ。

 また、この大東建託というグループより紹介された阿知須の物件での話。大東建託の女性社員に物件を紹介してもらったのだが、その社員の名前が明日香というものであった。昔僕がつきあっていた藤田という女性によく似ている顔だちだったのだが、これは偶然だったのだろうか。なんだか嫌な感じがして部屋を借りるという話は反古にしてしまったのだが。

・父が言うにはこの下高根周辺の人間は女関係がおかしい人が多い。再婚等。それは僕の前に現れたような『そっくりさん』が、関係していないか?また騒音ストレスに加えて、仕事の環境等おかしなことが無いかと僕は疑っている。例えば僕の祖父と仲が良かった平野さんの家の人などは準公務員として働いている際、女性の上司と揉めて職を追われてしまったそうだ。このような事例が非常に多くこの辺り一帯で散見されるが、これは操作の一環なのではないのか。調査が必要な項目である。

 

・2019年4月頃、僕は小郡アルク内の眼鏡のタケシゲで眼鏡を作って貰ったが、そちらの眼鏡に初期不良が発生した。眼鏡にレンズを入れてもらった所、フレームから音が異常になる奇妙な眼鏡が出来上がっていたのである。

 またその後、山口市ゆめタウン内の田中眼鏡にて9999の眼鏡を購入した所、不具合が発生。フレーム部分が片側だけ内側に折れており、眼鏡をかけるとフレームが顔面に当たる状態になっていた。

・2019年3月29日午前9時頃。電通に僕の個人情報の秘密が守られていたのかという調査を依頼した。しかし、返答は2019年5月3日時点で一切来ていない。

・父の姉についての話。父の姉の旦那はだらしがない人だったようで、さんざん借金を作った挙げ句父の姉を残し死んでいったそうだが、これについて、何か嫌がらせのようなことはなかったのだろうか。

・2019年4月2日。積水ハウスから家の建築に関する造成の話を受けた後、車で父と共に帰宅。その帰宅最中に、父が母に対して車内の電話システムより母の携帯電話に通話を試みたが母は通話に出ることはなかった。

 父が言うには、昔、母が携帯電話を買ってから、父が電話をかけてもその電話に出るということがほとんど無い、ということだった。携帯電話を二人が持ち初めてからずっと、という信じられない話である。。

 僕は、これに関しては東京の電通と、アメリカの操作を疑っている。音や心的外傷を利用して父や母に操作加えて携帯電話を所持するタイミングをずらしたり、監視しながら夫婦の時間に関する個人情報を収集していれば、夫婦間の通信を取らせない、等の嫌がらせは簡単にできる。

 例えば、操作の対象となる人物の携帯電話番号に対して、粗暴な人間による間違いからの恫喝電話、または俺俺詐欺などを仕掛けて、電話に対して心的外傷を付ける。そうすれば、対象となる人物はあまり携帯電話を取ったりすることに注意を払わなくなるし。また、携帯電話のコール音それ字体に対してストレスを感じるようになってしまう。僕も少しその気はある。

 確か、高校時代。数学の授業中に携帯電話のバイブを鳴らしまくる、ということを同じクラスの前田にやられたことがあり、冷や汗まみれになったことがある。数学の授業中に、黒板の前に出て数学の問題を解いている際の話である。

 これについても心的外傷を作る操作の一環でやられていた可能性が極めて高い。また前田は僕に携帯電話通話料を抑えるやり方としてワン切りのやり方等、教えてきた。これはワンコールで電話を切ることで相手方に電話をかけ直させて通話料金の節約をする、というものだ。

 僕はこれを教えて貰って、兄にワン切りをやってしまい、兄と不和になりかけたことがある。この辺りの日本の携帯電話についての産業も、アメリカからの日本の国体解体に使われてしまった可能性がある。

・僕の高校時代の友人である上野の状況。徳山の化学製品を運輸する会社に転職したそうだが、希望していた安全管理指導の部門では無く、人事の方に移動して向いていない仕事をさせられているそうである。彼は最初、山口県に帰って来た当初、公務員になる予定だったそうなのだが、船の仕事を選んだそうである。

また、彼の父親は僕の記憶が確かであれば山口県の警察組織の幹部である。そして彼の一族は山口県内で少しだけアパートの管理運営もしているようなのだが、山口県の伝統的な有力氏族にアメリカからの嫌がらせが入ったのではないか。

・大原に住む嘉川遺族会の白木さんの話。嘉川には戦争被害を受けた遺族の会というものがあり、その会の一員の方に白木さんという方がおられるそうである。その白木さんはダンプカーと事故して以来、認知症になってしまったそうである。母の車がダンプカーと衝突して大破してしまった事例もあるが、これについても何らかの嫌がらせだったのだろうか。

・2019年3月16日。山口市ゆめタウン1階にて象印の水筒を購入した。しかし、この製品については初期不良の疑いがある。というのも、まず水を普通に入れた状態で蓋をして逆さにすると水漏れをしてしまうということである。

 父が「蓋の閉め方が水平じゃない」という指摘をしていたが、どうもそういう問題でもなく、水筒に水を一定位置よりも上まで入れた状態で蓋をすると水漏れが発生する、という仕様のようである。この件に関しては初期不良の可能性もあるし、元々がそういった仕様である可能性ももちろんある。ただ、こんな製品は水筒として成立していないというくらいには水漏れが頻発する仕様で大変ストレスを覚えたことを明記しておく。

・2019年5月9日現在、実家の風呂に備え付けられているhitachiのシャワーがおかしい。暖まるまで1分かかる上に、温度も38度程度しかでいないという異常な状態である。エコ仕様なのでそんなものだと父は言うが、僕はこれに関しては明確におかしいと思う。ちなみにこのhitachiのシャワー以前はパナソニック製のモノを使用していたそうだが1年で壊れたらしい。どうもこの家の家具の故障、初期不良については案件が多い気がするのだが気のせいなのだろうか。調査が必要な項目である。。

・lineについて。このアプリの『知り合いかも?』、という表記箇所にMIYAZATOという人物が、表示されていた。

 設定されている写真を見たところ、まるで見覚えの無い人物だったし名前だったので間違いかも、と思い念の為友人になってみて、状況を聞いてみた。

 というのも、僕はlineの設定を『僕の電話番号を知っている人間だけが友人に追加出来る』というものだけをオンにしていた。そもそも、電話番号についてはごく親しい友人にしか公開しておらず、何故、知り合いかも?という表記の箇所に人が表示されるのかも疑問が残る状態であった。

 話を聞いてみると、以前、派遣会社で働いていた可能性が高いハーフの男性らしかった。その派遣会社で派遣社員として働いていた方の電話番号は、どうも、今の僕が使っている電話番号かもしれない、ということだった。

 そういえば、以前、謎の恫喝の電話を受けた際に、携帯番号を変えたのだが、その電話番号を別人が使っていたと松本さんに報告を受けたことがある。

 その事を「当然の仕組み」、という風に松本さんは言っていたが、この仕組みを使って、人間を情報で撃つのはあまりにも容易と言うしかない。

 例えば、操作のターゲットとなる人間が捨てた電話番号を、犯罪者気質の人間に取得させたりだとか、色々な悪用方法を思いついてしまう。今回、アメリカ人のハーフの人間。それも派遣会社の人間が知り合いに表示されたのは、偶然なのだろうか?こんなもの、多くの個人情報を有しているAIなどに操作させれば、いくらでも人生を滅茶苦茶に出来てしまうじゃないか。

 もしかして、僕の以前の電話番号も、そういう風に使われたのだろうか?

 ・車の走行音や店の客の音。これらは明確に操作が出来る要素である。例えば和式建築前の道路を工事してアスファルト面にがたつきを与え、その上の道路を車で通行させれば、音と衝撃がして、人間はストレスを植え付けられる。

それを毎日積み重ねていくようにすると、自然と和式建築に対してストレスを感じるようになり、和式建築を買わなくなっていく。

山口の道路は、どうも日本語名や、西日本の企業の前の道路などに、異常が発生しているような気がする。例えば小郡セイコー工場の道路前は綺麗なアスファルト面をしていたと思う。当然、ただの偶然や気のせいの可能性もあるが。

 さらに言えば、迷惑電話や勧誘の電話、そして迷惑メール。これらは特定の勢力が対象に操作をかける場合に使われている可能性がある。父の携帯電話は少しフィルタリングをとくと〝一億円が当選しました〟などといったような迷惑メールがひっきりなしに来るそうである。

 この捜査のやり方についてはひょっとすると、迷惑メールをかけている本人にすら自覚が無いのかも知れない。

・僕の中学時代の友人である梶田の状況。兵庫の山奥で日本画等の文献を修復する仕事をしていたが、先が無いと思って山口に帰って来たらしい。梶田は高校は宇部市で、僕とは疎遠になった友人なのだが、何か嫌がらせのような操作が入っていないのか?

実家に帰ってから久しぶりに梶谷に会って、状況を聞いてみたところ、以下の通りの悲惨な状態に2019年4月時点でなっていた。

 彼の父はパーキンソン病の疑いがあるということで小郡のねごろ神経科にかかり、そこで貰った薬が原因で薬害性パーキンソン病にかかってしまったそうだ。当然のことながら、梶田達家族には薬が原因か特定は出来ないそうだが、怪しいとは語っていた。結局梶田の父は介護が必要な状態に陥ってしまっている。

 また、彼の姉は結婚後、神奈川県に来いという相手方の話を断った結果、結婚してすぐに離婚ということになり、娘を連れたシングルマザーになってしまったそうである。

彼の姉は山本りえとの知人で、さらに父と少しだけ交友があったようだ。山本家に絡んだ人間に嫌がらせが発生したのか。

 そして、極めつけは彼の一族内部に東京辺り出身の一族が入り込み、金に関してかなり騒動を起こしたようであるが、この梶田の家は不動産、または建築関係の一族である。僕の友人には不動産、建築関係の人間がとても多いのだが、大抵は不幸な目に遭っている。これらについて何かアメリカからの嫌がらせが関係していないのか。中村家、梶田家、上野家、前田家、それぞれが真っ当な人生から少しはみ出してしまった印象を僕は持っている。これについてはとても興味深く調査が必要な項目だと思う。

初期不良について。今年の1月に購入した33万円でパソコン工房から購入したウィンドウズのミニタワー機内部より2019年5月3日、異音が発生した。また、こちらのモデルはclip studioモデルという名目で僕は購入したのだが、肝心のクリップスタジオが動かず困惑している。

初期不良に関しては僕が購入した製品では異常に多く、この現象が何なのか戸惑っている。恐らくはアメリカ、東京の嫌がらせとしか今の状況からは判断出来ない。

電通に入社するのは政治家の子弟であることが多いと父が言っていた。つまり、電通は自分たちの一族が栄える為に、個人情報を操作して、他の一族を広告操作等で撃ち堕としていた可能性がある(電通グループは日本国民の個人情報の収集を行っていた可能性が高い広告が専門の機関だからだ)。

 そして、自分たちの氏族は東京に定住し、地方から東京へ上京してくる氏族を男女共に文字通り奴隷のように扱っていた可能性がある。そしてその操作にアメリカが協力していた可能性が極めて高い。

・2019年2月周辺。僕の家の近くの畑に張ってあったビニールハウス跡。撤去料金が最初は8万円程度という話だったのが、13万円近くにまで跳ね上がった。その後、もうちょっと安いところを探して欲しいという話をしたが、それ以後連絡は無いそうである(2019年5月15日現在)。

・僕の母の話。僕の母は一度オレオレ詐欺に引っかけられて、お金を兄に送金しかけてしまったことがある(ちなみにこの事案は、ちょうど僕が作品を発表しそれが売れて、お金を持っているタイミングで発生している。僕の個人情報は電通アメリカによって筒抜けで丸裸である。僕の基本的人権は存在しない可能性が極めて高い)。この件で僕の家庭はむちゃくちゃになって、母は明確に心的外傷を得てしまった。それ以来、母はすっかり老け込むようになり、まともな思考が働かないことがある。

 ちなみに、そういう人間に詐欺の報道番組を見せるだけで、実は攻撃が出来る。

 例えば母に俺俺詐欺系統の詐欺の報道番組を見せるとする。そうすると、母の思考は心的外傷を刺激されたことから乱れに乱れ、テレビ番組の内容が把握できなくなってしまうのだ。僕はそういった場面を何度も目撃している。

・2019年4月23日に聞いた話。僕の母は過去に、時速60km制限の道路を時速60kmで走っていた際に警察に「ごめんなさい、時速70kmで走って頂かないとこの辺りは渋滞が発生するのです」と言われ、制限速度を超えて速度を上げるように言われたらしい。これに関しては意味がわからない。母に対する嫌がらせを警察が行ったとしかちょっと思えない。車絡みの事案は本当に多い。おかげで母は「車を運転するのがあまり好きでは無い」と今では語っている。

・僕の実家の東側に住んでおられる末岡さんの話。まずこのお家は旦那さんがくも膜下出血で半身麻痺になり、奥さんも草刈り中にくも膜下出血になったそうである。また僕のおばさんに当たる山本家の奥さんが白内障になっている。

 この土地は騒音等、とてもストレスが多い環境ではあるが、それにしても目に関する異常が多いように思えてならない。

 僕が思うに、太陽光パネル、これがこの原因なのでは無いかと思えてならない。UVカットなど、最近の眼鏡などにはそのような機能が普通に付いているのだが、どうも父や母の世代というのは紫外線対策を十分にしているとは言い難い。そして、そのような環境に太陽光パネルを配置してしまうと、太陽光パネルが太陽光線を反射してしまい、その光が目に直接映り込み、損害を与えてしまう。そういう仕組みになっているのではないかと僕は疑っているが真偽のほどは定かでは無い。

 この周辺地域の住民の目に関するデータ、またその保護状態等を入手することが出来れば結論が出るのだが、なんといっても僕は一個人に過ぎないのでそれは難しいだろう。しかるべき機関による調査をお願いしたいところである。

・僕の家の周囲に多数いる駆除されていないカラスについて。僕の家の前は田中さん、河村さんという人達が住んでいたが、もう東京に移り住んでしまったそうだ。そして、その跡地が廃墟と化して野犬やカラスなどが住み着いて、僕の家の周囲を四六時中カラスが飛び回ってしまっている状態である。

 僕としてはこのカラスに、集中力をかなり削られている状態である。なんといっても、僕の部屋の真上などにいて、窓のすぐそばをよく飛び回っているからである。

 そしてどうも役所なども、この付近を飛び回っているカラスを駆除しようなどといった様子は無いようである。

 ちなみに、このカラスについてとても面白い現場に遭遇したので報告しておく。

 2019年4月19日、山口市護国神社例大祭が行われた。僕はその祭りに出席したのだが偶然その祭りの様子を録音しておいたのである。

 式典の最中、カラスが近くの森の木の上から鳴いた際、式典の最中咳をする人が出てきてしまった。そして、ここからが話の肝になるのだが、この咳が参加している人達の間に伝播していったのだ。つまり、一人が咳をすると、そこから恐らく波紋状に咳をする人が続出していくのである。

 ここからは仮定の話であるが、カラスが心的外傷となっており苦手な人間がいたとする。その人間がカラスが鳴いたことに反応をして咳をしてしまう。人間は目の前の生理的な動作を真似してしまう癖がどうしてもある(欠伸等が代表的な事例である)。

 祭りなどで大衆が整列している状態で静まりかえっている。この状況で一人が咳をしてしまうと、咳が伝播して周囲の人間まで、大勢で咳をしてしまう羽目になるのである。

 これは実は操作に使えるのだ。例えばパンデミック災害を起こすといったような。例大祭などの国体の維持に役に立っているような重要な式典の参加者の中には、運悪く病気を患ってしまう人などがいるだろう。そして、病気を患っている人が一人、特定の勢力に心的外傷などを撃たれて操作を食らった状態で式典に出席をする。

 その辺りで近くの森などのカラスを音を発生させて追いやると、式典近くの森の上の樹にとまって鳴く、などといったことになるというわけだ。後の流れは前述した通りである。これは可能性の話でしか無いが、このような操作が今まで行われていたのではないかと僕は疑っている。

・2019年5月9日現在、僕は仕事場を作ろうと役所を回り資料を集めている。その際に父に聞いた所では〝嘉川地区の地籍調査は明治時代からずっと行われていなかった。5年前にようやく来たが、結局めちゃくちゃで、調査を担当した小郡市役所の人員はもういなくなっている状態で、何を聞いても分からない〟という話を聞いていた。

 そこで、僕がその話の真偽を確かめる為に、自身で山口市の法務局、市役所などから資料請求をしたり聞き込みをしてみた。

 まず、父の話にも若干のずれがあったのは確かである。明治時代から地籍調査が行われていなかったということは確からしいのだが、地籍調査が入ったのは今から7~8年前の時期ということらしい。

 ただ、土地の情報に関する書類には〝錯誤〟などの表記も発見され、土地の情報がひっかきまわされたような形跡があるにはあるということである。

 また、父が言うには僕の実家の住所の2804-2、2805-2の土地情報が一時的におかしくされていたそうである。以前、家の前に畑を作るということになったので2804-2を畑地に、2805-2を宅地に最初登録しようとしたら、2804-2が宅地に、2805-2が畑地という形に、取り違えた状態で登録されてしまったそうである。

 その件に関して、小郡市役所の地籍調査の担当者に聞いてみたところ、〝PC状の登録情報を見たところ、そのようなことは無かったということになっている〟という形であった。現在は父が最初に申請したような土地の登記状態になっているようではあるが、父が言った〝調査を担当した小郡市役所の人員がいなくなっているので、話がわからない〟と言っていたこと自体は正しかったことがわかった。

 僕が気になっているのは父の最初の土地の登録が入れ違えて行われてしまったという話が無かったことになっている点である。これに関しては〝土地の登記情報を攪乱することでこの辺りの住民にストレスを与える操作〟であった可能性を僕は疑っているのである。 この件に関してはやり口があまりにも卑劣なため、調査を是非していただきたいところである。

・日本の携帯メーカーである京セラを応援しようと京セラのスマートフォン〝URBANO〟を2019年4月28日、山口市小郡のauショップで購入した。しかし、僕の購入したURBANOは初期不良であった。液晶画面下部に3本の太めの横線が入っている初期不良である。度重なる初期不良によりさすがに心が折れて止むなくiPhoneを購入という運びになった。どうも、僕がこの京セラの製品を買うこと自体に邪魔が入ったように感じたのである。いったいこれは何が起きているんだろうか。

・僕が2019年4月辺りに建てようとしていた仕事場件住所について。2月末辺り当初の僕の建築予定予算が1000万円だった。それは当時の父がそのくらいあれば小さな家くらい建てられるということを言っていたからである。また母方の親戚の建築会社に勤務している金子さんが「1000万円あれば家は建つ」と言っていた。

それが積水ハウスやエルクホームズなど、建築会社と相談するうちに1500万円、果てにはおよそ2800万円という形につり上がっていった。父が言うには最近急に建築の相場が上がってしまったそうである。

 いったいこれはどういうことなんだろうか。僕は東京電通アメリカの嫌がらせを疑っている。

・2019年5月10日。14時41分。P&Gグループのプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社の製品についてサポートセンターに電話をした。何故かというと、この会社の製品であるブラウンシリーズ3、3050ccを僕は阿知須のヤマダ電機において2019年1月下旬から2月上旬辺りに購入している。 

 こちらの3050ccという製品は髭剃りに使用する機械である。こちらの製品の網刃の部分がおよそ2ヶ月程度で破損をし、にもかかわらず僕は欠けがある状態で製品を使用していた所、頬に多くのでき物が出来てきていた。この製品ができ物の原因か定かではないのだが、この欠けの部分が頬に当たることにより軽微なひっかき傷が出来、そこに雑菌が入りこみでき物ができていた可能性が高かったので、この製品の換え換えの網刃を購入しようと思ったのである。

 そして網刃を購入しようとして、とりあえず取り扱い説明書を見ていた所、驚愕の内容を目にしてしまった。この製品は網場の洗浄に純度の高いエチルアルコールを洗浄液として使用するのだが(エチルアルコールの濃度は94%とある)、こちらの洗浄液が異常に危険な代物だということが判明したのである。

 3050ccの説明書15Pにはこう書いてある。〝クリーン&リニューシステムは、極めて引火性の高い液体を使用しています。火気のそばに近づけたり、直射日光に晒したりしないで下さい〟である。これだけを見れば、なんとも思わないかもしれない。続けて表記を見ていこう。

 説明書14P。こちらには専用洗浄液カードリッジの交換について書いてあるが、〝使用済みのカードリッジには、汚れた洗浄液が入っているため、廃棄する際には、新しく交換したカートリッジの蓋を使って閉めてから廃棄して下さい〟とある。そして、そこに書いてあるイラストによる図解では蓋をしてゴミ箱に捨てるように書いてあるのである。また23Pのイラストでも同様に、洗浄液の入った容器に蓋をしてゴミ箱に捨てるようにと書いてある。

 僕がその時に思ったことは直射日光に晒しただけで引火する可能性がある物質を蓋をしてゴミ箱に捨てるのは危険では無いか、ということである(極めて引火性が高いというのはそういう意味であると僕は捉えたのだ)。

 そこでP&Gというアメリカの会社の日本支部の中のプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社の製品についてサポートセンターに電話をしたのである。

 サポートセンターとの通話は当然全て録音していのであるが、対応をしたのは横山という社員であった。

 その横山という社員にこの洗浄液の危険性について問いただしてみた所、驚愕の回答が返ってきた。〝この製品を使用しているユーザーは基本的には全員、使用済み洗浄液を室内の直射日光の当たらない場所に2ヶ月放置して、エチルアルコールを気化させた上で容器を捨てている〟ということを言ったのである。ちなみに説明書にそんなことは一切書いていない。イラストではそのまま蓋をしてゴミ箱に捨てる、とイラストで説明しているのである。

 そして、僕が横山という社員が言っていることにに違和感を覚え、この洗浄液を普通に捨てたら火事になる可能性が高いでしょう。と聞いても、「そのような話は聞いたことが今まで無い」ということであった。

 まず、僕が第一に思うのが、使用済み洗浄液を気化した上で容器を捨てているユーザーはほとんどいないということである。まず、そのことが説明書に書いておらず、イラストを見ればゴミ箱に捨てるように書いてある。むしろほとんどのユーザーはゴミ箱に捨てるのではないだろうか。

 エチルエタノールの沸点はおおよそ78度であることから、引火しない限り爆発をすることはない。ただ、これを蓋をして捨てた場合、どうなるだろうか。また、この製品の妙な所は廃棄する際には、新しく交換したカートリッジの蓋を使って閉めてから廃棄して下さい、と説明書に書いてあることである。つまり、この製品は製品乗り換え時に蓋が出来ないまま廃棄する可能性が高いのである。

 この事案について客観的に言えば、この企業は〝焼却炉内で爆発などをしてしまう高純度のエチルエタノールをなんの但し書きも無くゴミ箱に捨てさせている〟ということになる。

 そして、そこについて質問をすれば〝この製品を使用しているユーザーは基本的には全員、使用済み洗浄液を室内の直射日光の当たらない場所に2ヶ月放置して、エチルアルコールを気化させた上で容器を捨てている〟という、確率論的にあり得ない状況説明をする、ということである。

 この製品の洗浄液の廃棄についてはとても問題があると僕は感じている。この企業のような仕組みがまかり通っている現状は、髭剃りの洗浄液が廃棄されることにより市町村の焼却炉に損害を与える可能性が極めて高いし、また、エタノールを粗雑に扱うことによる引火の危険性もとても高いと言わざるを得ない。

 これについては専門の機関の調査が必要となる案件である。

・教師である父についての話。若手教員の指導をしていた際に金銭関係の不正が発覚。「それはしっかりと処理しておかないと駄目だ」という指導をすると、若手から後に「あれは原田先生がそうしろと指導された」と、不正の指示をしたかのように責任をなすりつけられることが頻繁にあったらしい。教育委員会は父がそうしろと言ったという風に理解し、父に責任を追及してきたりしていたそうだ。それらの件があってから、父は若手教員なんか嫌いだと思っているそうである。また、山口県はそういう不正を行い、それを嘘でごまかす教員ほど出世をし、管理職になってしまうとぼやいてもいた。

・2019年4月28日、午前2時30分頃、国道二号線の辺りで暴走族のバイクの騒音。翌日、父に話を聞いた所、バイパスから降りてきて、丸喜裏のトンネル内部でわざわざ音を出しているのでは無いか、でなければあんな音はしない、とのこと。僕にはその辺りは判断できないが、もし本当にそうなのだとしたら、この辺り一帯に対して嫌がらせがなされた可能性が極めて高い。

・帰省して気がついたのだが、実は自動販売機から音がして注意を向ける仕組みになっていることがわかった。というのも、人間は実は原始時代の性質をまだ濃厚に残していて、音が発生した方向に興味をひかれてしまうという明確な特性を持っているのである。そこで、自動販売機は恐らくは冷却装置周りの仕組み的に小さな音がするようになっている。つまり、自動販売機は周囲に小さな音を発することによって、集客をする仕組みになっているのである。

 ここで肝となってくるのが自動販売器機関係は全て東京の会社であること。つまりジュースのメーカーなどがそう。地方に自動販売機が置かれているだけで、地方は東京に金を吸い上げられていることになる。

 また、僕の住んでいる家の近所の丸喜の弁当売り場の横にクーラー棚があり、やはり音がする。冷却装置に音が出る仕組みをやはり採用している(不可避的に発生するのか?)。そこには主に北海道のチーズなどが売ってある。酪農などが盛んな北海道の人間が絶対に有利になるように、冷却装置の設計段階から綿密に構造が作られている。

・以前、コンテッサセコンダというオカムラというブランドの椅子が2019年3月20日に東京の清和ビジネスという株式会社より発送された。しかし、以前にも書いたとおり、こちらの椅子は実は背もたれ部分の固定がおかしな状態で僕の所に届けられた可能性があったのである。そこで僕は念のため背もたれ部分の動画を撮影したものをこの会社に送り、映像の確認をしてもらっている。追加パーツの購入の話の少し後に、初期不良の可能性に腹が立ってしまい、このように書いたのだ。

「こちらの製品、もしも初期不良でしたらもう返品したいのですが、その際はおそらく追加購入したパーツ自体も購入しない運びとなるのです。

このコンテッサセコンダというのは背もたれがガタつくように設計された製品なのでしょうか?回答をよろしくお願い致します」

 しかし動画を撮影したものを送ったにも関わらず、結局この清和ビジネスという会社から、初期不良の確認をしたという話すらない。

 そして2019年5月15日。等々、追加パーツが送られてきてしまった。メールでのやり取りが残っているのにも関わらずこのようなことが発生してしまい、混乱している。

 そもそも、初期不良ではないか確認するのが先だと思うのだけど、その確認作業すら一切無い。これはいったいどういう会社なのだろうか。

・2019年5月7日12時27分頃、小郡のファミリーオートという店に中古車を買いにいった。この店は同じ地区にお住まいになられている高井さんと言うお家の方々が経営されている、車の中古販売等を行っている所であった。僕は最近、何か大きなモノを購入する際に録音機を用意してから店に行くのだが、この時の様子が少しだけ妙だった。

僕は80万円程度でダイハツ、ミライースの中古車を購入したい、と述べたのだが、徐々に金額がつり上がっていき、最終的に新車を購入した方が良いという話にすり替わっていった。僕はそれを断った。結局、僕はこの店でミライースの中古車を購入した。レシートも残してある。

 その後、同年5月18日。高井さんの家のお爺さんが死んでしまったそうである。

・2019年5月20日。13時54分。内閣府共通意見等登録システム内の男女共同参画についての御意見・御感想ページの問題点について指摘してみた。まずこのページは何故か内容を記入して送信しようとしてもエラーが表示され、送信が出来ないのである。また、電話番号の入力についても〝残り文字数〟などといった、意図不明の数字が表示されており、これが携帯電話番号などを全て入力してもおかしな残り文字数となったりするのである。

 そこで内閣府に電話相談してみたところ、菅野圭亮(読み、すげのけいすけと名乗った。ちなみに国家官僚に対する伏せ字等の配慮は不要であると理解している。というのも、確か官報という書類に姓名が載ってしまっているからである。少なくとも僕の兄が務めていた頃はそうであった。もし問題があれば、内閣府様より直々に連絡を賜りたい。注意されればこれは素直に辞めます)という方が連絡を取り次いで下さった。この件について相談してみたところ、電話番号の入力については〝たぶん〟残り文字数は表示されているだけで、内容と関係が無い、という言質を頂いた。ただ、結局の所、恐らくシステム自体に問題があり男女共同参画については意見が出来ない形になっているか、僕のネット回線との相性が悪い為内容を投稿出来ないと判断した。

 その為、この菅野圭亮という方からメールアドレスを聞き出してみた。最初に聞いたメールアドレスはg.johosystem.r2x@cao.co.jpというものであった。その後、確認の為、メールアドレスを復唱してみると妙なことが起きた。実は.coの部分が無い、と言い出したのである。より正確に言えば、この.coについては.goの誤りである。ただ、菅野さんはこの時とても小さな声で喋っていたので、僕が誤認したのだ。ただ、それにしてもおかしいのは仮に正確には.goであったとしても、この.goの部分が無いという発話はとてもおかしなことである。国家公務員が、国民を致命的に騙すようなやり取りをとってしまっているのである。これはどういうことなのだろうか。

 また、その後、菅野という官僚の方にお電話を差し上げた所、電話の交換員のような方が取り次ぎの電話を一方的に切断してしまう場面もあった。録音していた。後で聞いてみたところ、どうも間違いがあった、とのこと。

 このとおり、僕の周囲の人々は、何故か僕に対して、いつも一度嘘をついたり、痛みを与えたり、音を発生させたり、待ち合わせに遅れたり、名前を呼び間違えたりしてから、普通に対応してくれるようになっている傾向が強い。証拠はいくらでもあるのだ。これはいったいなんなのだろうか。

 ただ、この菅野という方は実は親切な部分もあって、僕の送るメールの内容に対して電話での返信を約束してくれた。録音を取っているので、恐らく間違いなく電話での返信をして下さることだろう。

・6月12日、菅野圭亮様にお電話を差し上げた所、お出になられた。お渡しした文章を読んで頂いたという言質は頂いたものの、この内容は部署が違うと言われた。サイバーセキュリティー関係の部署の方なので、確かにちょっと違う。内閣府にかけて欲しいとのこと。メールフォームを作った人間は外出している。

 

・2019年5月24日、11時。内閣府男女共同参画に絡んだ担当員、鈴木しほという官僚に対して、僕は電話上で口頭による説明を行い始めた。というのも、菅野という官僚が果たして僕の送った文章に対して対応してくれるのか、僕には確信が持てなかったからである。僕は自分の書いた文章を口頭でこの鈴木しほという職員に対して読み聞かせ続けたが、彼女は時折内容に関しては吹き出し笑いをしてしまうことがあった。何か笑えるような内容でもあったのだろうか。

 僕の読み上げる余りにも陰惨な内容の文章に対して、余りにも彼女の反応が〝ハイ〟であったため、その後僕は少しだけ考えこんでしまったのだ。というのも、この鈴木しほという職員と話をした辺りで、テレビで「経産省20代キャリア官僚「覚せい剤密輸」」などといった報道や、「文科省職員が注射器による覚醒剤の使用で逮捕」等の報道がなされてしまったのである。もしかして彼女は、官僚機構特有の激務により覚醒剤などを服用しながら限界まで労働しているのではないかと僕は少し疑ってしまった。

 ただ、この日の彼女とのやり取りで僕が安堵した点もある。彼女は僕がこの文章を読み上げたことについて、メモを取って下さっていたということである(彼女がそう供述していたので、恐らくそのメモも実在するのだろう)。僕がこの文章を口頭で読み上げ終わった後に、その内容についても鈴木しほ様は反応を示して下さるということである。

 しかし、少し気になっていることがある。この鈴木しほという職員は僕がこの文章を少し口頭で読み上げ聞かせた際に「会議があるので読み上げを終了して欲しい」と言い出したことである。それでこの日はいったん僕は通話での文章の読み上げを終了したのだが、それ以後、彼女が一度も電話に出ることが無くなってしまったのである。僕はその鈴木しほという内閣府職員が不在である際の記録を電話の録音という形で取っている。それぞれ2019年5月27日13時3分、2019年5月27日16時31分、2019年5月30日11時53分。以上の時間は彼女は仕事上の都合で電話には出ることが出来なかったようである。

 そして、2019年6月12日13時26分、内閣府に対し僕が電話をかけてみたところ佐藤という姓の内閣府電話交換台の方より衝撃の事実が告げられた。「鈴木しほは6月いっぱいは電話に出ることが出来ません」ということであった。

 僕は思わず電話交換台の佐藤という方に「鈴木しほさんは覚醒剤でもやっていらっしゃるんですか?」などと心配して聞いてしまったが、それについては佐藤という方は答えては下さらなかった。また僕はこの佐藤という方のフルネームもこちらの記述に記載しようと思い、しつこく食い下がって聞いてみはしたが、名前については教える仕組みがない、という形で断られ続けてしまった。何にしても鈴木しほという官僚の方に積極的に接触を試みていって、読み上げの全文を聞いて頂くことに僕は全力を傾けてみようと思っている。何といっても、この問題は恐らく日本の歴史上トップクラスに不味い案件が大規模かつ広範囲に渡って発生してしまっている可能性が高いからである。

 

・2019年4月21日、名古屋のABCクリニックにて包茎の手術を予約していたので名古屋のクラウンホテルに泊まり、手術のため部屋で待機をしていた。すると、ABCクリニックより奇妙な電話がかかってきた。「先生が会議をしているので、予約時間を変更して貰えるか」と。僕はそれを快諾し、変更された約束の時間にABCクリニックに赴いた。

 実はABCクリニックに入る際に録音をしていた。というのも、以前、こちらのABCクリニックで包茎の治療をする際に、皮を切るのが怖いので亀頭増大手術を受けていた。その治療した患部である亀頭が治った後に射精してみると結構な痛みを亀頭に伴った。ぼくはそれを不思議に思っていたからだ。〝こんなことは術前に説明を受けていなかった〟と。そしてそれを記録もしていない、と。ただ、僕の陰茎は膨張率がとても高く、痛みはそれが原因かもしれないと思っていた。

 ABCクリニックに着き、一応その旨を聞いてみた所、やはり膨張率の高さが原因であった可能性が高いとカウンセラーの方は仰られた。「痛みについては少し経過を見てみましょう」とカウンセラーの方は語られた。僕も素直にそうしようと思った。

 その後、カウンセラーの方より、希望していた包茎手術の説明を受けた。その説明を受けた部屋で壁を見てみると〝患者による録音の禁止〟を掲げる紙が貼ってあった。僕はそれをとても奇妙に思ったのをよく覚えている。だって、このABCクリニックという場所は患者の言質を録音して取ってあるのである。だったら、患者側が録音しようが同じことなのに、と不思議に思ったので録音を続けた。恐らく相手側が取っている以上問題ないのであろうし、政治家の失脚などは告示なしで録音された音声が報道されることが引き金となっていたりすることはわかっていたので、僕は録音を続けた。

 包茎手術の種類は何種類かあったが、説明を受ける限り、包茎術(TVカット)を選んだ。包皮の色が変わった場所が分かりにくくなる施術。裏筋の存在自体は性感帯に関係が無く裏筋の付近に性感帯が着いていること、セックスをしていても裏筋が切れてしまうことがある、などの説明を受け、僕はこの手術を選んだ。費用は264600円だった。

また、この手術の説明の際、〝抜糸が必要ない吸収糸という糸で縫いますから、一ヶ月くらいしたら糸がボロボロボロっと落ちて来ますから通院は必要ないんですけど〟と、カウンセラーの方は仰られていた。

 手術の方は楽に終わった。そして、薬を貰い、山口市の自宅に帰宅した。 

術部の経過の方はというと、僕は朝起きた際によく朝立ちをしており、尋常じゃ無く患部が痛んだ。当然である。僕の陰茎はおよそ3cmから18cmまで伸びるのである。吸収糸は亀頭をぐるりと周り、裏筋辺りでその二本の糸が合流し、結ばれている形だった。

 僕は「医師に膨張率が高い旨を伝えているので、痛みはあるが大丈夫だろう」、などと気楽に構えていたが、術後10日後経過した折にあまりの痛みに耐えきれず、結び目の先端部分をハサミで切ってしまった。結果として痛みが緩和され、その後はあまり痛みが無い状態で日にちが経過していった。念のため5月16日にABCクリニックのアフターケアサポートセンターに連絡して、経緯を説明した。そうするとABCクリニック大阪支部の方から連絡があり、現在名古屋支部の方が店を休んでいるため大阪支部で話を聞く。患部の写真をメールにて送って欲しい。との旨を受けた。そして患部の写真を送った所、経過は順調という旨を受けた。ただ、糸に関しては「風呂で体を洗う際に擦ると取れていく」という話であり、少し戸惑いを覚えたのを覚えている。それまでも陰部は垢すりタオルできちんと洗っていたが、それから体を洗う際はより念入りに洗うようになった。

 そして、5月21日の夜。自慰行為、および性交渉が可能であるということであったので、患部の確認をしたところ、まだまだ吸収糸がついており戸惑った。手で引っ張ってみてもまるで取れない為、どうしたものかと思い、結局小さなハサミで縫合されている10カ所ばかりを全て切り刻み、縫合糸の状態を緩め、陰茎部に残った吸収糸を一本一本手で抜いていった。とても痛かった。

 その後、試しに自慰行為をしてみたところ射精の際に亀頭が相当痛くなり、戸惑ってしまった。

そこで〝吸収糸〟というものを後で調べていると、どうやら吸収性縫合糸の事だろうという推察に至った。その性質はネットで調べたところ以下の通りである。

〝一定の期間は創部を維持する抗張強度を有し、加水分解などで経時的に吸収される〟

 

 この説明を見て僕はなんとなく、糸が水に溶けるのかな、と思ったが、再度くだんのABCクリニック大阪支部の方に電話でもしてみようと、電話番号を調べた。それらしい番号が履歴に見つかったので、インターネットで調べてみた。そうするとネット上の株式会社リライブルという会社の電話番号という検索結果が出てきてしまった。僕は混乱をした。

 電話口にクリニックの方が出られたので話を聞いてみた。すると、住所の方はまだ会社情報が書き換わってないとのことらしい。

 患部について聞いてみると「普通に洗って頂くと傷が治っていくと共に(糸が)抜け落ちるようになっております」という話を聞くことが出来た。大体一ヶ月くらいで抜け落ちるようにはなっているが個人差もある等、貴重な話も聞くことができた。

ただ気になる言葉があった。

〝亀頭は痛みが2,3ヶ月続くようになることがある〟というのがそれである。

 実は名古屋のABCクリニックで手術を受ける際にそのようなデメリットは説明として受けていなかった可能性が高いのだ。このABCクリニックという医院はネット予約により値段が下がるなど、良い部分もかなりあるのだが、実は亀頭が痛むことに関するデメリットの説明をしていないのではないかと思う。これは実は調査の対象となりえる。

 というのも僕は1月初旬にこちらのクリニックで包茎の説明を受けたのだが、その際にはまだ録音をしていない。〝亀頭が痛むことに関するデメリットの説明を受けていない〟ということの、その証拠となる音声はないのである。

 ただし、もちろん、これらの事実は結局の所、僕の陰茎が膨張率が高すぎる為の特殊事例として処理される可能性が高い。

また、本件に関する深刻さは少しばかり図抜けていて、僕はよく覚えているが男性器の長さが大学時代は18cm程度。さらにこの手術を受ける前もそのくらいあった可能性が高い。だが、この包茎手術を受けて、亀頭のサイズが小さくなってしまい驚愕している。恐らくは男性器内の血流量が下がり、亀頭が小さくなってしまったのである。よって、今の僕の男性器の長さは16cm程度しかない。

 この件で僕は思ったのだ、医者という存在はひょっとして、軽度の痛みやストレスをわざと患者に与えることによって、患者を支配するものなのではないのかと。そしてこの痛みやストレスをわざと与えることによって対象を支配する、というやり口の究極系こそが戦争なのである。

アメリカ合衆国 ワシントン州 ベルビューに本社が存在するギルドウォーズ2というゲームを僕は昔何故かプレイしていた。そして最近、「もうゲームをプレイしないのでアカウントを削除して欲しい」という旨をこのアメリカに存在する会社に告げた所、手続きが少し手間取ったように見えた(僕は英語の習熟が嫌がらせのせいで出来ていなかった可能性がある)。そこで、このノートの記述を見せて、「今までアメリカから嫌がらせを受けていた可能性がある、あなたたちが僕の個人情報を削除しないのは嫌がらせの可能性がある」という旨を告げた所、この会社のLead GM Dornsingerから以下の文章が返信が届けられた。「あなたが嫌がらせをされたことをとても残念に思います。」と。日本語が得意では無い、という前置きはあるものの、文章を読んだ結果としてこのような返信をした可能性が極めて高い。つまり、この記述をアメリカ合衆国の人間が認めてしまったのである。

・2019年5月24日。山口市のケーブルテレビにネット回線についての質問をした。というのもその一日前にimacproにてメールの受信をしようと、ho-be_i7@c-able.ne.jpというアドレスをメーラーに登録しようとした。するとimacではケーブルテレビが使えないという話をケーブルテレビのイズミというオペレイターの方が言っていた。しかし、実はこの事については明確に嘘である。まず第一に、父の基本メールアドレスはすぐさま登録が可能であったのだ。僕は間違えて自身のメールアドレス登録時に父の基本メールアドレスを受信してしまったのである(当然のことながら、父のメールアドレスに届いたメールを一切見ないまま、そのアカウントは消去した。非常に申し訳ないことをしたが、本当に一切見ていない)。

 それで、この僕の取得している追加メールアドレスを登録するのが難しいのかと思い、もう一度、ケーブルテレビに連絡してみた。そうすると水津(泉?水津?水に関する名前だ。僕は原田。前田。〝水田〟というワードを印象操作により分断工作しているのか?山本など、山の麓、野原などが水田扱いの可能性)さんという方が出て、指導して下さったが、この方はかなりおかしな方であった。まず言い間違えの数が半端ではないのである。四六時中こちらの言った言葉を間違えた風に捉えて語っていたりして、正直、かなり気持ちが悪かった(通話についてはすべて録音してアップロードしてある)。また、気持ちが悪いので電話を切ると、実に3度も電話をかけ直してきて、完全にただのストーカー状態である。やめろと言っても電話をかけ続けるのは、恐らくは刑法に違反した行為だと僕は思うのだが。

 そうして最終的に電話番号を受信拒否すると驚いたことに、ケーブルテレビの中村という方がすぐさま自宅まで押しかけてきたのである。あまりにも腹が立ったのでその方を動画に撮り、ウェブにアップロードをしてしまった。

 それで中村さんを追い返した後、帰宅してみて驚いたのだけど、母が慌てふためいているのだ。「あんたがあの人達に失礼なことをすると、私たち生きていけないじゃないの!お父さんに勝手なことしてごめんなさいって謝って!」と、凄い剣幕で何度もまくしたてられてしまった。

 なんなんだこれはと思いながら二階の自室に戻ると、さらに驚くべきことが起こっていたのである。僕の部屋のパソコンからその時、内閣府への訴えの録音ファイルをウェブアップローダーにアップロードしていたのだが、このアップロードが停止していたのである。これについてはさらにその様子を撮影してアップロードしている。

 僕が本当に恐ろしいと思うのは、もしかしてこれはずっとこういった構造になっていたのかということである。つまり、まずこのケーブルテレビジョンという会社自体が、山口県における絶対的な特権階級層であり、契約している家に嫌がらせをし放題。さらに言えば、契約に関して断ったり反抗的な姿勢を見せると家にまで人員が押し寄せ、そして。

 これ以上は僕の妄想でしかない。こういった捜査をその職務としている人達にこの事案を任せるべきであろう。

・実家の騒音が酷すぎてずっと眠れないので、積水ハウス専属のリフォーム業者(積水リフォーム西日本株式会社)に2月より、二重窓や防音扉の設置を依頼していた。その設備の設置の見積もりを出してくれるとのことで2019年5月26日に実家に訪問する、と母が僕に伝えてくれていたのだが、とうとうその業者が実家を訪れることは無かった。鷹岡祐子、という方がどうもうちの家の担当をしているらしいのだが、この人は以前3月頃(少し覚えている時期が曖昧である)、僕の家の2階の洗面台の床の張り替えの見積もりを出していただいたことがある。平行してクリア装業という会社にも相見積もりを出した結果、クリア装業という会社がお安いのでそちらのリフォームをやって頂いた。ただ、この際に実はドアの下に何かプラスチックを挿入して、ドアを開ける際に異音を生じさせるようなことをクリア装業の社員がやった可能性がある。その際は、社員の方に来て頂いて、ドアの下のプラスチックを除去してもらった(ちなみにそのプラスチック片によりドアの立て付けが悪化してしまった様子は動画に撮り保存をしてある)。

 積水ハウスのリフォームは積水ハウス公認の業者にしか行えない、と父は語っていたのだが、どうもそれは嘘のようであった。父は僕に対して誤認を狙った言い回しをしていた、というべきか。より正確に言えば積水ハウスの建築した家のドアや窓などの特殊な大きな規格においては積水ハウス専属リフォーム業者しかリフォームが出来ない仕様なのだそうだ。

 今回の僕が眠るために依頼した二重扉やドアの施工に対しても、結局すべて仕事の待ち合わせ時間をずらされている。母が言うには本来15:00から15:30までの間に業者の方が訪れるという話であったが、15:45辺りに積水ハウスリフォームの鷹岡はうちの家に訪問をしてきたのである。積水ハウスというハウスメーカー、そして、僕達家族が接する企業は本当に常にこうである。そして父も母も積水ハウスからのそういったずさんな扱いに対して〝積水ハウスのような巨大企業に逆らうと家に住めなくなってしまうから〟何も言えないという発言をしており、僕としてはもうどうしていいかわからないのである。一階と二階部分の大きな窓三つと防音ドアの施工をして70万そこらという値段設定もこうなればうさんくさく感じてくる。この積水ハウスというハウスメーカーはもう日本にとって本当に害悪以外の何者でもないので本当に即刻潰れた方が世のため人のためだと思う。操作の為にこのような事をさせられていたのだとしても、もはやこれから情報が集まるにつれて大衆の悪感情の的になるのは絶対に避けられない状態になってきていると僕は思う。いくらなんでも酷すぎる。

積水ハウスリフォーム西日本株式会社についての話。以前にリフォームのお願いをした積水ハウスリフォーム西日本株式会社の鷹岡祐子という方と2019年6月3日17時11分、スマートフォンの通話にて二階の僕の仕事部屋についてのリフォームに関する見積もりの打ち合わせをした。その際に気になったのが窓ガラスの変更をするのに〝障子交換〟という謎の名称を扱っていることであった。また、その障子交換という謎の名称はその後の見積もりの書面にも現れており、僕はその奇妙な仕様に首を傾げてしまった。リフォームを行う、僕の部屋の窓ガラスには障子などどこにも付いていないのである。これは可能性の話ではあるが、この障子交換という謎の単語を使用することにより願客の意識を混濁させて、見積もりの金額を多めに見積もり話を通してしまうなど、そのような違法スレスレの営業を積水ハウスリフォーム西日本株式会社はこれまでにも行ってきたのではないだろうか。

 そして、その電話の最後にリフォームの採寸の日程に対して2019年6月6日という日取りを希望した。そうするとこの鷹岡という社員は〝希望の日取りについては了解しましたが、工事業者と念のため電話をしてみます。一日後、折り返しお電話を差し上げます〟という旨を伝えてきた。しかし、そのすぐ後に、〝工事業者と連絡が取れたので6月6日13時に予定通り伺います〟という事を言い出したのである。

 そして6月6日、13時からの窓ガラスの採寸をするという約束であったのに積水ハウスリフォーム西日本株式会社の鷹岡は20分の遅刻をするという旨を13時に電話により連絡してきた。これで取引に関する遅刻は3回目である。また、この採寸の際にリフォームに関する代金の先払いを鷹岡は僕に要求してきており、1万円をコンビニ支払いか銀行支払いか選択出来るという旨を僕に伝えてきた。僕はそれに対して銀行支払いを要求した所、後日鷹岡が持ってきた先払いの用紙はコンビニ支払いの用紙であった。この鷹岡という社員に関してはミスが多いとかいう次元では無い。僕は明確な異常を感じてしまった。いったい何故、こんないい加減なことをしているのであろうか。

・2019年6月10日。この日はとても異常な雰囲気で一日が始まった。僕がこういった事案を報告してきて、少し気になったことがあったのである。それは恐らくアメリカ合衆国を代表する資産家の一族であるロックフェラー一族に関する話である。この一族は古くからアメリカ合衆国を裏で操っている大富豪の一族であるという噂が日本においてまことしやかに流れている。そこで僕はこのロックフェラーという一族が、僕の周囲に発生している妙な事案と関係があるのではないかと推測を立て、寝起き直後にiphoneで調べ始めたのである。

 そして僕が調べてみたところ奇妙な情報に行き着いてしまったのである。どうやらfacebookの代表であるマーク・ザッカーバーグデイヴィッド・ロックフェラーの孫であるという噂が日本のインターネット上に流れて流れていたのである。その情報に行き当たった辺りで僕の周囲で妙な現象が起きてしまった。

 僕の家の南側には前述してきたとおり廃墟が広がっているのだが、そのうちの河村という崩れてしまった家には大きなビワの木が生えている。そしてそのビワの木になっている大量の実をカラスが捕食しながら繁殖していしまっているのである。ただ、この日のカラス達は明確に動きがおかしかった。早朝にはそれなりにおとなしくしているのが常であるはずのカラス達が僕の家の僕のいる部屋のすぐ外まで大量にやってきて、ガーガーと無きまくって来たのである。僕はロックフェラー一族に関して調べていた直後辺りにそのカラスの大群の鳴き声を聞いてかなり恐怖感を煽られてしまった。

 と、言うのも、僕が自身を導くような謎の音について困惑していることは前述した通りである。そして、再三記述してきたことであるが、僕の推測としてはこれはナノロボットなどの微少機械が音を発生させることにより何かを僕に伝えようとしている、というのが僕の考えである。

  実はこのナノロボットを利用した仕組みというのは、カラスなどの動物などにも有効であるのではないかとこのとき考えてしまったのである。もちろん、僕はこれに関してはまったくの半信半疑で、荒唐無稽極まりない話だと理解はしている。しかし2019年現在の世界の科学的な水準から考えてみると、カラスの脳などにナノロボットを送り込み意図通りに操作をするなどといったことは可能といえば可能なのである。

 もし仮にアメリカなどの勢力が、僕がロックフェラー一族について調べたことに対して何らかの苦手意識などを植え付けようと思ったとしよう。そしてその標的となる人物に対して苦手意識を植え付ける操作にカラスの大群を利用する、などと言ったことは現代の科学水準からするとまったく簡単なことなのである。当然、僕はこれをあり得ないと考えてはいるのだが。

 しかし、この2019年6月10日の19時頃に僕に追い打ちをかけるような事案が発生してしまったのである。

実を言うと僕は2019年5月29日付けの積水ハウスfacebookの記事に対して、〝以前、積水ハウスによって欠陥住宅を作成された可能性がある旨をメールにて告げたが一切反応が無かった〟ということを大衆に向けて告発していた。また、続く2019年6月7日には積水ハウスのリフォーム業者の問題に関する訴えを書き込んでいたのである。

 その後者の書き込みの件について説明を行うというという理由で積水ハウスリフォーム西日本株式会社の人間が唐突に僕の家を訪ねてきたのである。やってきたのは積水ハウスリフォーム西日本株式会社山口店店長の山本貴仁と鷹岡祐子であった。二人は僕に対しての謝罪を行ったのであるが、その際に山口店の店長である山本に対して僕は「それで積水ハウスの本社の方は僕の書き込んだエヴァーノートの記述に対しては見たんでしょうか」と聞いた所こう答えたのである。「すいません、そこまでの内容は・・・はい」と、僕が告発したエヴァーノートの記述を本社の人間がまともに読んでいない旨を山本は明確に認めてしまったのである。つまりこの積水ハウスというハウスメーカーは僕の実家について欠陥住宅が作られた可能性があるというメールでの告発を無視した挙げ句、フェイスブックにて告発した内容についても無視を決め込んでいる可能性があるのである。

 そして、この積水ハウスのリフォーム会社の二人が帰る際に僕の母が異常に怯えたような口調で僕にまくしたてたのである。「積水ハウスさんに逆らうと私たちはこの家にもう住めなくなる」「あんた、エヴァーノートとかいう所に何を書いているか知らないけどね、ちょっとでも中傷をすると裁判を起こされて大変なことになるよ」と。

 そして、積水ハウスのリフォーム会社の二人を見送っている際、母は僕に頭を下げて何故か僕に積水ハウスリフォーム会社の鷹岡に対して謝るように再三連呼して、僕に謝罪するように強要したのである。

 母の異常な怯えに対しては僕は理解は出来る。積水ハウスという大企業に対して僕たちのようなごく一般的な家庭が刃向かった所で、それを積水ハウスが遠回しに叩き潰すなどといったことは実は容易であるのだ。しかし、積水ハウスの作ったこの住居が問題だらけである可能性は確実にあるし、また、積水ハウスのリフォーム会社は僕に対して3回の遅刻と契約の際の手違いを発生させているのは確かなのである。これについて、僕は黙って頭を下げて我慢していなければならないのだろうか。

 そしてこの日、僕は僕で、母とは違った恐怖感を得てしまったのである。この積水ハウスのリフォーム会社による突然の訪問は、僕がこの日の朝、アメリカを裏で操っていると噂のロックフェラー一族について調べ始めたことと何か関係があるのではないかと。そして、その僕が個人的にロックフェラー一族に対して捜査を始めたことを妨害する為に積水ハウスなどの大企業を使って何かアメリカなどが僕に絶大な嫌がらせをこれからするつもりなのではないかと、僕は恐怖してしまったのである。この日の積水ハウスのリフォーム会社とのやり取り、そして母の怯えきった様子に関しては全て録音しウェブ上にアップロードをしている。もし、僕が近日中に不幸にも死んでしまうようなことがあれば山口県警の方々には捜査をお願いしたいと思います。よろしくお願い致します。

山口県における中国電力についての話。僕は漫画の仕事に専念するために積水ハウスに対して事務所の建設を依頼しに行った際、「原田さんの所有している土地の敷地の上を電線が通過している為、ご希望の土地に事務所を建てる場合はそれを避ける為に予定よりも北側に家を寄せなければいけません」という旨を伝えられた。当然の事ながら、電線の上にはカラスなどの野鳥も止まり糞を落とすのでその下に事務所を建築するのは不味いし、強風により電線が断線した際はその断線し落ちた電線が屋根などに接触し火災が発生してしまう可能性もあるのである。

 僕は積水ハウスよりそういった事情を聞いて、単純に「だったら電柱を移動させて、電線が僕の家の敷地内の上を通らないようにすれば良いのでは?」と思ったのである。事務所を建設する際に火事の可能性や鳥の糞などといった不安要素を取り払っておく必要があると思い立ったのである。

 そして僕はまず2019年5月9日10時に中国電力の停電,電線・電柱等の配電設備に関するフリーダイヤルという電話窓口に対して、電話をした。その際に応対して下さった職員の方は塩谷千穂子という方であった。この方に対して僕が江崎2804-2という住所に事務所を設置する旨を伝えた上で、電線が邪魔になるので電柱を動かして欲しいなどと言ったことをお伝えした。そうすると同日10時57分、男性職員より折り返しの電話があり、「三本電線が通っている所でしょう?」という確認があった。それで僕は僕の家の敷地の上を通っている電線の、上の方の数が三本であることからお話をお受けして頂けたと思ったのである。

 そして2019年6月11日13時12分、長見和博という株式会社電力サポート中国山口営業所に所属する人物より電話がかかって来たのである。その際の電話で〝電柱移設の話が決まったのでメールにて移設の案を送りたい〟という旨を長見は伝えてきた。

 そして同日18時24分、長見という人物より電柱移設の案がメールにて送られてきたのである。その移設の内容を見て僕は驚愕してしまった。彼が送ってきた案は僕が依頼した2804-2という住所の上を電線が通らないように電柱を移設するという内容のものではなかったのである。その案は2807-1という住所の上側を電線が通らないように電柱を移設するというものであり、まったく意図不明の案となっていた。

 この件について、この長見和博という人物にメールの返信にておかしな所を伝えてみると以下のような反応の文章が帰ってきた。〝中国電力がまず土地の所有者等に関する調査を行った後に委託会社である弊社に電柱移設に関する業務依頼が来るようになっている。その前提から中国電力が調査を怠ったと思われても致し方ない状況だと思われる〟と。

 この件に関して、この長見という人物は中国電力に問い合わせてみるという旨を伝えてきたが、僕はこの奇妙な事態が気になってしょうがないので中国電力に対して電話をかけてみた。

 2019年6月12日、僕が中国電力の件の窓口に電話をかけてみたところコガワという方が応対をしてくださった。その人物によると、この事態は恐らく僕の〝2804-2に事務所を建てる〟という話を〝2807-1に事務所を建てる〟という話に取り違えてしまったのだろうということであった。

 僕はこの説明に関しては正直な所違和感を拭いきれないのである。というのも、2804-2と2807-1では、まるで発音が違っているのである。どう考えても聞き間違えがあろうはずがない。これを聞き間違えたとするのであれば、中国電力ではまともな仕事が今まで一切なされていなかったのではないかと僕は疑ってしまうのである。また、この窓口は〝消費者から寄せられた電話の内容を半年間録音する〟という旨を明示しており、わかりにくい内容の依頼があれば、その録音を聞き直せば問題は無いはずなのである。

 そして、最後に僕はこの中国電力のコガワという人物に聞いてみたのである。中国電力に対して伝えたいことがあるのだがそれが大量の文章になってしまっていること、そしてそれをお送りするメールアドレスが中国電力に存在してはいないのかと。そう聞いてみた所、衝撃の返答が帰ってきたのである。〝中国電力には、消費者より送ることの出来るメールアドレスが一切存在していない〟というものである。メールフォームより連絡をして貰えば内容に関して周知するとのことであったが、結局その方法ではサーバーに文章が記録されないということもこのコガワという人物は述べており、僕は困惑しきりであった。

 それでは、今まで何かこのような事態が起きていた際には市民はどのように通達すれば良かったのであろうか。そもそもメールフォームによって送付される文面などは、メールフォームを用意した会社側が握り潰し闇に葬ってしまうことなどその仕組みから容易なのである。いったいこの中国電力という会社は何を考えてこのような意味不明な仕組みを作っているのであろうか。

 

 

・この国の市役所や官僚機構の仕組みについておかしな部分がある。まずウェブリンクを張った状態でメールを送った際に、「安全性の問題のためリンクをクリックしてそのアドレスに飛ぶことが出来ない」などと言われてしまう。かと言って、普通にメールでこの問題について訴えかけても、2019年5月30日時点では全て「当部署とは関係ない事例」などと言って交わされてしまう。例えばこの事案集などは男女

・父は2019年3月時点で、脳に一切の異常が見受けられない。父の脳機能は、CT写真を見る限りは若い人のものに近く、写真で見ても白色の影が見当たらないが、母には年相応の影があるということらしい。父の発言には医学的に信ぴょう性がある。これで一般的にいかにも言われそうな「ぼけ老人の戯言だろう」と言ったような理論が通じなくなった。宇部山口大学付属病院には明確に証拠が残っている。これまで言ってきた話は父から聞いた話が多い。そして、僕の記憶に基づいている場合が多い。僕も脳のCTスキャン写真を2019年1月にNTT東海病院で撮影して貰った。そのCTスキャン写真を見た医師の所見によると一切の異常は見受けられなかった。

 また母のもたらす情報についても信憑性があるような気が僕はしている。2019年の初旬に撮影された母の脳のCTスキャン写真に対して医師が下した所見というのが〝年相応に白く変色して見える場所があることから老化が認められる〟というものであった。よって、僕はいまいち母のもたらす情報の確度が低いのではないかと疑念を持っていたのである。

 しかし、僕や父は毎日体重測定を行っているのだがその時の僕たちの体重の数値がどう変動したのかというのを、母はかなり正確に覚えているようなのである。これはもしかすると、母が僕に齎す情報にも確実性が期待できる可能性がある。

 この文章は2019年3月周辺時点で収集してきた情報(主に父からの聞き取りである)を元に僕が編集して書いている。つまりこの文章は現時点で事実の可能性が高い。当然、記憶違いや間違いはあるのだろうが、調べる価値はあるはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 以上が、今のところ、僕の周囲で手に入った情報である。

 

 

 

 

 僕はこの作業を2019年初頭から続けてきた。だが、今まで僕が謎の静電気に撃たれて心臓を痛めたり、聞こえてくる音のせいで家族と問題を起こしたり、そんなことになっても頑張って色々インターネットを通じて訴えてきたけれど、各国の調査機関から何にも反応がない。

 しかし、僕は確実に信じている。このようなことを僕や僕の周りの人間に加えていた白色人種、そして一緒になってこのような操作に加担していた東京の人間達が責められる日が来ることを。インターネットが更に発達し、情報が収集されて整備されて、この情報が隠しきれなくなることを僕は信じている。

 何故、このような操作を僕や、僕の一族、そしてこの辺りの地区にかけてきたのか、それについては大体想像が付く。ただ、そのことについては恐らくこの件について調査をする方々の方がよっぽど詳しいのであろう。

 ただ、繰り返しになるが僕の書いておきたいことは明白である。

 このような操作が実は、白色人種が有色人種を支配する際の常套手段であった、ということである。人間は目の前の視界が揺らぐと、精神が乱れてしまう。人間は身近で音がすると、そこに集中してしまう。このような人間の特性を利用する形で、実は白色人種は植民地と化したアジアの諸国同士を仲違いさせていた可能性がある。

このような手法が、恐らくは白色人種が別人種を支配して操作する際の、典型的手段なのだ。

 そして、日本の場合は遺伝子構造が二種あったことをアメリカに利用されて、本当に滅茶苦茶に引っ掻きまわされたと僕は考えている。日本のケースでは戦後、アメリカに露骨に贔屓されたのは実は一貫して東日本の人々であったと僕は考えている。

 そしてもし、僕が考えているようなことが実際にあったなら、そのようなやり方の支配は許してはならないし、またそれは、周知にするべき情報なのだと思う。

 日本人は人類史においてもとりわけ長い間、国体を維持してきた国家である。この国の情報が将来的に完全に無くなってしまうことを僕は信じることが出来ない。つまり、日本語が読めなくなるという状況が、人類が地球上に繁栄する限りにおいてあり得ないと僕は断定できる。 もし仮に現時点でこの文章が社会的に、国際的に隠蔽されたとしても、必ず近い将来にはこの内容は明らかになってしまうはずである。世界の科学の発達速度はもうその段階まで来てしまっている。

 

 

 

 この文章をここまで読んでくれた読者は覚えておいて欲しい。

 僕が訴えてきた人達の周りには、間違いなく日本語理解出来る人がいるはずなのに、ずっとこの文章の存在を無視をしている。それは、僕達やこの地域一帯。ずっと嫌がらせを受けてきた可能性が高い一族や土地を完全に潰した挙げ句、見て見ぬふりをした、ということだ。その罪は未来永劫消えることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応、言っておくが僕のe-mailアドレスは、harada5011@gmail.comである。もしも、この文章を読んで何か連絡をして頂けるということであれば僕に直接メールをして頂きたい。

 両親や友人をこんなスケールの大きな事案に巻き込みたくはないので、僕に直接連絡を取って欲しい。

 ただ、このアドレスを公開していても、例えば「調査を開始した」だとか「調査をしたが何もなかった」だとか、そういった連絡は未だに一切来ていない。

 

 

 

 

 それでも、この日記の情報はインターネット上に未来永劫残ると僕は強く信じている。もし、僕が生きている間にこの件に関する調査がなされなかった場合は、どうか、未来の人類にそれを託したい。

 こんな醜悪なやり口で人間が人間を陥れ、操作していたということを忘れてはいけない。そしてこんな酷いやり方をして繁栄してきた人間達をのさばらせたままなのは絶対にいけない。この文章の内容が近い将来白日の下に晒されることで、白色人種のその非人道的な性質が地球人全てに周知されることを僕は信じている。そして、その時にこそ有色人種の諸君は白色人種に対してのコンプレックスから解放されると僕は信じている。そして白色人種達に惨めに変えられてしまった世界が元の姿を取り戻して復活すると僕は強く信じている。

 この事を書いて、この文章の締めくくりにしようと思う。

 

 

 

 

この文章を書いた人物の住所氏名

住所:日本国山口県山口市江崎2805-1

名前:原田宏樹